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6話 小鳥遊と小花⑥

 店を出てすぐ、小花さんがちょっと申し訳なさそうに頭を下げてきた。


「今日は突然押しかけて、ほんとにすみませんでした」

「全然大丈夫ですよ。うちの店、あんまり食べて帰る人いないので」


 むしろ使われなさ過ぎて発案者の母さんがちょっとへこんでたくらいだし、設置を手伝った身としては使ってくれる人がいるだけで嬉しい。

 まあ、営業中に同級生と同席するとは想像してなかったけど。


「あ、いえ……それもあるんですけど――利用するみたいで申し訳なかったなって思って」

「え?」


 思わぬ小花さんからの発言に声が出てしまった。

 それってどういう意味なのか、そう聞くよりも前に小花さんがゆっくりと歩きながら話し始めた。


「小鳥遊くんに会いに来たって言いましたけど、実は逃げ出してしまった私のためでもあったんです」


 そう語り始めた小花さんの歩みに気づいて、俺はそのあとを追って隣に並んだ。

 それに特に嫌がる様子もなく、むしろ気にもしてない様子で小花さんは話を続けた。


「ここに来る前に凄く落ち込んだんです。色々あって、蛍ちゃんも教室にほっぽいたままその場から逃げ出しちゃいました」

「もしかして今日のことで、夏沢さんと喧嘩したとか……ですか?」


 俺のせいでそんなことになっていたなら、夏沢さんにも謝罪しないといけない。

 そう思って恐る恐るに聞いてたみたのだが、小花さんは首を左右に振ってそれを否定した。


「ううん、喧嘩じゃないよ。ただ――私が勝手に、そこにいることが嫌になっただけ」


 そう言った小花さんの表情は、心なしか少し暗くなった。

 俺にはそれが、何かを後悔しているように見えた。

 けど曇っていた表情はすぐに消えて、次の瞬間には満面の笑顔を浮かべて。


「でも――今は落ち込んでないよ! 小鳥遊くんとちゃんとお話しできて楽しかったもん!」


 両手を広げて言う小花さんに、俺の心はざわついた。


(俺も――俺も楽しかった)


 こんな感情、もうとっくに枯れていると思っていた。

 けれど――まだ、俺の中にそんな感情はあったんだな。


「……小鳥遊くん、どうかしたの?」


 その疑念にふけっていると、小花さんが訝しむように聞いてきた。


「ご、ごめんっ、何でもないよ」

「――そう? 困ったことがあったら今度からは言ってね! わたし、できることやるから!」

「え、いやそんな、悪いですよ……迷惑になるし――」


 慌ててその有難い申し出を断るが、小花さんは少しだけ不満そうな顔をした。


「こ、小花さん? え、俺なんか変なこと言いました?」

「……別に、変じゃないですよ。むしろ小鳥遊くんらしいなって思ったくらいで」


 どうやら失礼を働いてしまったわけではないようだったが、依然として不満そうな顔はしていた。


「こればっかりは、すぐにとはいかないのかなって思ったら、少し悔しくなっただけです」

「そう、なんですね」


 言葉の意味がよくわからず、俺は形だけの相槌を返した。

 小花さんが小さな笑みで俺を見つめながら静かに背を向け、振り返って小さく手を振った。


「今日は、本当にありがとうね。凄く楽しかったよ」


 今日、何度目になるかわからない感謝の言葉に。

 俺はぎこちないながらも、手を振った。

 そしたら小花さんは嬉しそうな顔をして――


「また明日!」


 そう言って笑う彼女に、俺はちょっとだけ驚いて。

 喉元の手前まで出かかった言葉を懸命に吐き出そうとして。


「お、おやすみなさい!」


 全くの見当違いな言葉が出て、顔が真っ赤になった。

 けれど小花さんはそれに満面の笑みを浮かべて頷いた。

 その時の彼女の顔は、俺には満開に咲いた綺麗な花のようだなと、そう思った。





 小花さんを見送って家に戻ってすぐ、リビングに向かうと母さんが一人、テーブルで家計簿と向き合っていた。

 俺が戻ってきたことにも気づいておらず、俺は静かに冷蔵庫を開けてコップに牛乳を注いで母さんのそばに置いた。


「わっ、びっくりしたぁ!? 帰ったなら挨拶くらいしなさいよ」

「いや、なんか集中してたから。売上よくないのか?」

「まあまあね。トータルはプラスなんだけどもう一声欲しいって感じよ」

「父さんは?」

「もう寝てる。ご飯は起きたら食べるから『出来立て食えなくてすまん』って言伝」

「んなの気にしなくていいのに」


 今日に関しては味付けをミスってるし、むしろごめんと言いたい側なんだけどな。

 正直、食べてもらえるだけでも嬉しいし。


「で、その顔はどうしたわけ?」

「え?」


 何のことかわからず、俺が首を傾げると母さんがため息をついた。


「あんた、うまく隠してるつもりかもしれないけど寂しそうな顔してるわよ。小花さんと帰りになんかあったの?」

「え、いや特になにも」


 落ち込むようなことはなかったはずだし、そもそも寂しいなんて思ってもない。

 母さんの気のせいじゃないのかというと、訝しむように見られ、なんだか妙に恥ずかしかった。


「部屋、戻るわ」

「はいよ、おやすみ」

「おやすみなさい」

 

 そう言ってリビングを後にし、部屋に戻った俺はそのままベットに倒れこんだ。

 今日だけで色々ありすぎて疲労がピークだったのもあって、途端に睡魔が襲ってきた。


(会いに来たんです、小鳥遊くんに)


 おぼろげな意識の中で、声が響く。

 そんな言葉をもらう資格なんて、ないはずなのに。


(悪いことなんて一つもしてない小鳥遊くんの謝罪を受けるなんて、私は嫌です)

 

 今日一番の衝撃を思い出すように、声が響く。

 多分一生かけても消えないだろうその一言が、心臓をキュッと締め付ける。


(また明日!)


 一度も言われたことのない言葉が、声になって響く。

 あの人の顔が浮かんで、より一層に心臓を締め付ける。


(――お前がいるから、俺たちがこんな目に遭ったんだろうが)


 けどそれも、この声がかき消す。

 洗っても落ちることないシミのように、記憶と心にしみ込んだ苦しさが蘇る。

 まるで――呪いのように。


(――返してよ、私たちの日常を返してよ!)


 あの怨嗟は、繰り返しちゃいけない。

 だからこそ――目覚めた時にはこの気持ちも何もかもを捨てなければいけない。

 そうしなければ繰り返してしまうから。


(――お前は、疫病神だ!)


 あの光景を生み出してしまった俺が。

 俺が幸せをかみしめることも、誰かと時間を共有することもあってはならないのだ。

 たとえそれで――優しいあの人が泣いてしまうのだとしても。

 他人に不幸を振りまいた俺が幸せになるなんてことは、許されないのだから。



2026/03/09 追記

次話作成の過程で本話の後半の内容を大きく変更いたしました。

仕事がバタバタんなので3月内にお見せ出来たらくらいのスケジュールです。

ボリュームは宣言通りになるので、読みごたえはあると思いますので、どうか長い目で待っていただけますと幸いです。

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