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5話 小鳥遊と小花⑤

 小花さんに促されて席についたものの、俺の頭の中は依然として混乱でいっぱいだった。

 俺は小花さんと目を合わせられず、ただ机を見つめるだけ。

 そんな俺に、呆れたり文句を言ったりすることもなく、小花さんはケーキの追加を頼んだ。

 その際、ケーキの希望を聞かれたけれど、正直何を頼んだかも覚えてない。


「会いに来たんです。小鳥遊くんに」


 ――小花さんが俺に向けて放った、強い意志のこもった言葉。

 それがいつまでも余韻のように頭の中で繰り返されてて、俺の心も意識もそこに持っていかれていた。


(俺に会いにって、なんで――)

(ていうか自分ん家で自分ん家のケーキを人に奢ってもらうって、どういう状況――)


「あ、あの……っ!」

「は、はいっ! なんでしょうか!」


 不意に小花さんの声が聞こえて、思わず顔を上げてしまった俺は、そう言葉を返した。

 咄嗟に反応したものだから姿勢がピンとなった。

 顔を上げてしまった以上、もうさっきみたいに目を逸らすことはできない。

 わからないことだらけのこの状況で、俺は小花さんに応対するしかない。

 一体何を言われるのかと内心ドキドキしていると、小花さんは意を決したような顔でこちらを見つめて――次の瞬間、彼女は頭を下げてきた。


「今日のこと、ごめんなさい! 私のせいで、あなたをひどい目に遭わせてしまって……」

「え――」


 あまりに突然のことで、俺は声が上手く出なかった。

 なんで彼女が俺に謝っているのかが、ちっともわからない。

 怖い思いをさせたのはむしろ俺の方で――迷惑をかけたのも俺のはずなのに。


「私があの時、上手くみんなに伝えられなかったせいで小鳥遊くんと蛍ちゃんがあんなことになって、クラスのみんなにも要らない心配をかけさせて、小鳥遊くんが悪者みたいになっちゃって――」


 違う。あれは俺のせいで――小花さんが罪悪感を覚えることは一つもなくて。


「帰りには謝ろうって決めたのに小鳥遊くんが帰っちゃってて……速足だったから気にしてるんだって思って、私、そのままにしたくなくて」


 それは俺が逃げたせいで、小花さんが気に病む必要はないのに。


「それで急にお店にまで押しかけてお騒がせして――だから、その……そういうのを全部ひっくるめて小鳥遊くんに謝りたくて……来ました」


 小花さんがここまでする必要は、全くないはずなのに――どうして。

 どうしてそんな人が、悲しそうで、今にも泣きそうな顔をしなきゃいけないんだ。

 そう思った瞬間に、俺は無意識に席を立っていた。

 小花さんはびっくりしたように顔を上げて、俺は溢れてきた感情に流されるように口を開いた。


「小花さんが気に病むことなんて一つもないです! 今日のことだって元はといえば俺がこんな見た目なのが悪くて、びっくりして声を上げたのがダメだっただけで!」


 俺の言葉に小花さんは驚いたように目を見開く中、俺は続け、


「今回の件は俺の行動が招いたことです! なのに、俺が逃げたせいで小花さんに迷惑かけて――本当にすみませんでした……っ!」


 謝罪の言葉とともに、目をぎゅっと瞑って深々と頭を下げた。

 小花さんが今どういう顔をしているのか、俺にはわからない。

 だからせめて、この謝罪が伝わればと思っていた。

 けれど――


「嫌、です」


 彼女から返ってきたのは、拒絶の言葉で。

 それも――どこか怒っているような、静かながらに強い意志が籠ったものだった。


「悪いことなんて一つもしてない小鳥遊くんの謝罪を受けるなんて、私は嫌です」


 そう言って、彼女は耳を疑うような言葉を俺に向けた。

 一瞬、何を言われたのかがわからず、俺は無意識に顔を上げた。

 この時にようやく、俺は小花さんの顔を見ることができた。

 小花さんの表情は、まるでいたたまれないものを見ているようで、唇をぎゅっとして感情を必死に押しとどめているみたいだった。


「だから――謝らないでほしいです」


 彼女はまっすぐと、俺と、俺の目をそう言った。

 それは――俺の気持ちそのものを否定するものではなく、小花さんから俺に向けられたお願いのようで。

 俺にとってその言葉は、まるで「自分を責めないで」と言われているみたいだった。


「す、すみませんっ、謝りに来たつもりなのにこんな偉そうなこと言ってしまって――」

「い、いえ……そんな全然、別に小花さんが謝ることなんて何も――」

「い、いえっ! 謝ることだらけです! そもそも私が小鳥遊くんに早く声かけたいなとか考えなければ良かった話で――」


 そう言いかけたところで、小花さんの声が途切れた。

 途端に口元を固く結んで頬を赤らめると、慌てふためくように視線が右往左往し始めて。


「ち、違うんですっ!? 私、甘いものが好きで! それで小鳥遊くんがケーキ屋で働いてたからケーキ詳しいのかなって思って、話したいなって思っただけで!」

「そ、そうなんですか...」


 まるで言い訳をする子供みたいに、思っていたことをとにかく吐き出してきた小花さんの剣幕にびっくりして、俺はそんな返事しか返せなかった。

 でも、あの時どうして俺に話しかけてきたのかは理解できた。

 小花さんはきっと、自分の好きなものを誰かと共有し合うことが好きで、だから俺みたいな奴でも構わず話しかけようとしてくれた。

 自分の気持ちに真っすぐで素直な、とても凄い人だ。


「俺自身は甘いものはそんなに好きじゃないですけど、作ることは嫌いじゃないです」

「えっ、小鳥遊くんケーキ作れるの?」

「えっ、まあ一応。父さんや他のパティシエさんに比べたら全然ですけど」

「それでも凄いです! 私、女の子なのに料理とかお菓子作りは結構苦手で...」

「俺も最初は苦手でしたね。分量間違えてよく怒られました」

「それっ、私もです!」


 そんな他愛のない話が、互いの間で何度も交わされて。

 気づけば小花さんに抱いていた罪悪感や申し訳なさは無くなっていて、何年振りかの他人との会話が楽しかった。

 人と関わることを避けて、誰の迷惑にならないような閉鎖的な生活に。

 小さな日の光と忘れかけていた感情が花開こうとしているような感覚になる中で、気づけば時間はあっという間に過ぎていた。


「小花さん、時間大丈夫ですか?」

「わっ、嘘! もうこんな時間に……すみません、こんなに長居してしまって」

「いや全然――むしろ途中から俺が呼び止めてしまったみたいなもんですし」


 家族以外の人とこんなに長い時間話すなんて、多分生まれて初めてしたかもしれない。

 そのせいで歯止めが利かなくなって、気づけば外が暗くなるまで話し込んでしまった。


「あ、よかったー! まだいたのね!」


 と、朔が反省しているとキッチンの方から母さんが出てきて、右手には何やら紙袋を持っていた。


「母さん、それ何?」

「小花さんへのお裾分け用のケーキよ」

「えっ、そんな悪いですよ!」

「いいのよいいのよ。うちのパティシエ長――私の旦那が作りすぎちゃて余っちゃったやつだから」

「親父……またブレーキ壊れたのか」

「今日はお客さん多かったから張り切っちゃったのよ。途中からみんな目がキマってたわ」


 そう言って笑う母さんの目も、なんだか疲労困憊そうな目だった。

 親父や周囲の熱にあてられて母さん自身のブレーキも多分壊れたんだろう。


「まあとにかく、遠慮せず家族の人と食べちゃって!」

「じ、じゃあ……ありがたく頂戴しますっ!」

「うんうん、頂戴しちゃって! んで、朔は小花さん見送ってあげなさい」

「えっ、でも店のことは――」

「今日はいいって言ったでしょ。それにあんたはもう夕飯作るって仕事はやったでしょ。どうせこの後は暇なんだから送ってあげなさい」


 そう言って背中を押されて、俺は小花さんの前に一歩出た。

 さっきまでは何ともなかったのに、いざ前に立つとなんだか妙に緊張感があって、手が少し震えた。

 ふと、助けを求めるように母さんの方をみると、ニコニコと手を振っていた。

 小花さんからはまたねの意味を含んでいるように見えるんだろうが、俺から見たあれは「その子に何かあったら、わかるな?」みたいな意味を含んでいそうな感じがして、背筋がぞわっとした。


「こ、小花さんっ、とりあえず行こう!」

「は、はい……っ、えと――お邪魔しました!」


 そう言って母さんに向かって小花さんが頭を下げ、母さんは笑顔を返した。

 その時の母さんの顔は、なんだか本当にうれしそうな顔だった。


「じゃあ、ちょっと行ってきます」


 俺は母さんにそう言って、小花さんと一緒に店を出た。




次はかなり長いですが、今週内で出す予定です。

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