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3話 小鳥遊と小花③

「……ただいま」


 小鳥遊祐奈(ゆな)――朔の母が玄関先から息子のその声がきこえ、祐奈は首を訝しげに傾げた。


(声がいつもと違うわね)


 勘、というほどのものでもない。

 たかだか十五年、母親を務めてきた中で身についた『親』としての感覚が、本人の顔を見ずともなんとなく何かあったな程度には察することができるようになっていただけに過ぎない。

 とはいえ、この感覚が働いたのは実に七年ぶりだった。


(学校でなにかあったの……? それとも――)


 そんなことを考えながらリビングの扉を見つめていると、扉が開いた。


「おかえり」

「……うん、ただいま」


 そう言って、息子――朔といつもと変わらないやり取りをする。

 間があったのを見るにやはり何かはあったのだろうと祐奈はすぐ確信した。


「今日、店の手伝いは?」

「今日はポイント日でパートさんも多めに来てもらってるから大丈夫よ。これ済んだら私も下戻るからごめんなんだけど――」

「わかった。いつも通りご飯はやるよ。希望は?」

「……お父さんが死んでると思うから元気になりそうなやつで。物は冷蔵庫にあるけどなければ買い足しに行ってちょうだい」

「わかった」


 相変わらず、人付き合いと成績を以外を除けば頼りになるなと思わせる短い一言だった。

 何があったかは、とりあえず聞かなくていいだろうと祐奈は考えた。先のやり取りでなにか躊躇いが見えたりするようであれば聞くつもりだったが、それはなかった。

 見た感じ、何かに悩んでいるというよりも――()()()()()()()()()()()()()という様子が近いように見えた。


(朔を困惑させる何か……誰かから何か言われたとかかしら? 様子的には悪口とかを言われて動揺してる感じじゃないし……)


 考えてはみるものの、これといって思いつくものがなかったので気にはなるがひとまず頭の片隅に追いやることにした。

 ま、ほんとに困ってたら相談してくるでしょ、というくらいで構えているのがちょうどいいのだ。


「じゃ、わたし仕事もどるから。夕飯、楽しみにしてるわよ」

「うん、頑張って」


 覇気のない息子の応援に、祐奈は左手を掲げてグットサインをしながらリビングを後にした。

 朔の意識が、それにすら気づいていないほど思考の迷宮に落ちていることなど、知る由もなく。





「はあぁあああああああああ……」


 心が酷く沈むようなため息をつきながら、朔は無心で晩御飯を作っていた。

 さっきまでリビングにいた母さんには、多分様子がおかしかったことは見抜かれているだろう。

 何も聞いてこなかったのは、俺に対して関心がないのかそれとも敢えてなのかはわからない。

 ただ今わかることは、逃げるように下校したのが失敗だったということ。

 全体的な謝罪は何とかその場でできたが、小花さんへの謝罪が出来ていないことが、朔の心に大きな引っ掛かりを作っていた。


(やっぱり、謝るべきだったよな……でもあんなことの後で話しかけるのも――)

(いやでも――迷惑かけたし怖がらせちまったし、やっぱり謝るべきだった?)

(でも話しかけたら今日の二の前になっちまうだろうし――)


 などと悶々と考えているうちに、無心で進めていた調理が終わった。

 野菜炒めに予防対策のすりおろしショウガの焼き豆腐、余りのキャベツで作った即席漬けなどを作り終え、それぞれの皿に盛りつけて両親の分はラップしてテーブルに配膳。

 自分の分はそのまま置いて、一足先にいただいた。


(――美味い、けど……ちょっと濃かったか?)


 スピードは普段と変わらなかったが、味付けを少しミスしていた。

 料理にまで動揺と後悔と猛省が滲みだしてしまっていたようで、自分の弱さにへこみそうになる。


(明日から、どんな顔すればいいんだろう)

(小花さんのせいじゃないのに、学校に行きたくないと思っている自分がいる)


 今日は、なんだか自分で自分のことが嫌になる日だった。

 ただそこにいるだけなら害はない。でも、何かすれば害になってしまう。

 まるで俺はバラの棘のようだ。


(やっぱり、俺は誰かと関わったり誰かを気にするようなことはダメなんだ)


 不用意なことをせず、周囲との関わりを持たない。

 やはりこれが一番なのだ。俺の周囲に迷惑をかけず、俺自身もこんな落ち込むことがないようにするためには。

 

 小花さんには、ちゃんと機会を見て謝ろう。

 それで関わるのは終わり。そうすればきっと、小花さんに迷惑は掛からないはずだから。

 そう心に決めた――その時だった。


(……ん?)


 リビングの外から、ドタドタとか階段を駆け上がるような音が聞こえてきた。

 母さん……? 何か忘れ物とかしたのか?

 とはいえ、それらしいものは周囲には見受けられない。となると一体――


 その答えを告げに来たかのように、リビングの扉が開いた。

 上がってきたのはやはり母さんだった。が、息を絶え絶えにしていて顔もなんかすごいことになっている。


「ど、どうしたんだよ? 店でなんかあったの?」

「いやっ、違くて――っ、あんたに会いに来たって子が、今……っ、下に来ててっ」

「……え?」


 俺に会いに来た?

 誰が――なんで……?


「なんかっ、ちっちゃい子で、でもあんたの高校の制服着てて……『小花 澪』って言ってたんだけど――」

「――――――は?」


 その言葉を聞いた瞬間、朔の脳内は本日二度目のフリーズをした。


「とにかく降りてきて! あの子、席で待ってるから」


 母さんに急かされるがまま、頭の整理がついていない中。

 店につながる扉を開けて――その先に、小さな店内席の一つに座る小花さんが確かにそこにいた。


「なんで――」


 俺のその声に気づいて、小花さんが振り向いてくる。

 動揺でその場に立ち尽くしている俺に、彼女は席を立つとまっすぐと向き合ってきて。


「ケーキ……」

「……へ?」

「ケーキっ! 奢ります!」

「………………はい?」


 ここにいる理由も自分を訪ねてきた経緯も語らず。

 ただ真っすぐにそう言い放った彼女の目は、今日あれだけのことがあってもなお、澄んだままだった。


二話に乗っけていた内容を三話に移植しました。

なので連続更新です。

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