2話 小鳥遊と小花②
「ケーキ、美味しかったよ。また行っていい?」
学校に着いて、教室に入って、席について、カバンから教科書等を取り出そうとした俺に。
まるで狙いすましたようにジャブをかましてきた小花さんを前に、開いた口がふさがらなかった。
(なんで? ばれてなかったはずでは?)
そんな思考にも至らず、小花さんのたったの一言で脳をフリーズさせられた。
「……? 小鳥遊くん?」
小花さんが心配そうに声をかけてくるも、フリーズした俺には一ミリもその音声は入ってくることはなかった。
昨日であれば周りのせわしなさに煽られてすぐに意識が戻っていた。
けど今は学校。周りと極力関わらないよう努めている俺は無意識的に周囲の機微に触れないようにしているため、昨日のようにすぐ我に返ることは出来ない。
それこそ、身体がびっくりするような刺激でも受けない限りは――
「小鳥遊くんってば!」
「……ぁえ?」
少し大きな、意外だと思ってしまうような怒り声が聞こえて意識をはっとさせる。
瞬きを数回したのちに、前を見ると小花さんが心配そうな顔でこっちを見ていた。
しかも――かなり近い距離で。
「大丈夫? 具合悪いの?」
「え、あ、いや……大丈夫っ!」
そう言って、俺は咄嗟に距離を離そうと慌てて半歩下がろうとするがなぜか左手だけがやたら重く。
なんでだと思って重みを感じた左手の方を見ると、俺の手の上に小花さんの右手は乗っかってて。
(は、はあぁあああああああああっ!?)
もう訳が分からず、声が出なくなって心だけが叫びをあげた。
それと連動するかのように重い左手も強引に引っこ抜いてしまった。
「わあっっ!?」
突然、強引に手を抜いたものだから小花さんもびっくりして声をあげてしまった。
そんなことになれば当然――
「澪っ、どうしたの!」
「なんだなんだ?」
「小鳥遊! お前、小花さんになんかしたのかよ!」
予感の通り、クラス中の注目は悪い意味で俺と小花さんに集中した。
「ち、違うのっ、今のは私が――」
小花さんが慌てて説明をしようとしてくれたが、そんな彼女の手を引いて守るかのように彼女の声を遮って俺の前に夏沢さんが現れた。
「ほ、蛍ちゃん……っ?」
動揺する小花さんを横目に一瞥し、小花さんを背に隠して俺の方に視線を向けた。
「……小鳥遊くん、何したの?」
声音は普段と変わらず、抑揚の少ない感情の機微を感じ取りにくいが、小花さんをかばう姿勢を見せているあたり、危険人物として見られているのは明らかだった。
(俺のせいで、小花さんを騒ぎに巻き込んでしまった……)
小花さんのことを意識していなければ、昨日のことがあっても動揺なんてしなかった。
最初から無関心でいられたら、手に触れられたくらいでびっくりしたりしなかった。
(いや、考えるのは後だろ。今すべきことは――小花さんにこれ以上迷惑をかけないことだ)
この状況、俺の一挙手一投足が皆に警戒心を抱かせるのはまず間違いない。
けど――この瞬間、俺に追及してきているのは夏沢さんだ。
彼女はとても真面目で、聡明な人間であることを俺は知っている。
(思ってることを全部伝える)
(言葉だけじゃなく、態度でも)
彼女を取り巻く環境や性質を利用するようで申し訳ないけど、使わない手はない。
俺は警戒されるのを承知で、夏沢さんに一歩近づいた。
それにクラス中がざわめく中、夏沢さんはただ真っすぐに俺を凝視する。
そして――
「誤解を招くような真似をして、すみませんでした!」
深々と頭を下げてそう言い、言葉を続ける。
「……俺が、ぼーっとしてて。小花さんに声かけられてるのに気づかなくてびっくりして声上げたら怖がらせちまったんだ……小花さんは、何も悪くない」
「――これは自分のせいって、そう思ってるのね?」
夏沢さんの問いかけに俺は顔を上げて、彼女を見習って真っすぐ目を見て。
「……ああ、俺のせいだ。だからごめん、小花さん。それにみんなも……俺のせいで不安がらせた!」
今度は周りも一緒に見渡したうえで、もう一度頭を下げた。
俺の行動にクラス内が更にざわめき、あるところからは困惑したような声、または俺を訝しむような声が聞こえてくる中。
「……なら、私が言うことは何もないわ」
夏沢さんはそれを全て一蹴するかのように言った。
クラスに大きな影響力を持つ彼女が納得したからか、周りのざわめきはそれ以上大きくはならなかった。
「おーしお前ら―、席に着けーって……なんかあったか?」
担任の南先生が教室に入って来るや否や、クラスの雰囲気を察して近くの生徒にそう聞くと。
「はい、少し揉めましたがもう解決しました」
夏沢さんがクラス委員として南先生の問いかけに答えると、先生は一度顔を上げた俺の方を見てやれやれといったような顔で半眼を作ると、そのまま教卓前についた。
「ま、よくわからんがホームルーム始めるぞー。全員席に着け」
南先生の号令を合図に各々それぞれの席に戻り、俺も小花さんも夏沢さんも席についた。
南先生が今日の連絡事項を話す中。
俺の耳にはそれはさして入らず、背中を丸めて明らかに落ち込んでいる素振りの小花さんが目から離れずにいた。
けれど――もう同じことをしないためにも、俺はそれから目を背けた。
それから今日一日、授業の内容は何一つ入らず、ノートもろくに取らないまま放課後のホームルームが終わると同時に。
俺は教室から逃げるように速足で下校した。
それが今日、俺に起きた最悪の出来事。
けれど同時に――「ただの問題児」だった俺の日常が、変わり始めた日だったことを。
この時の俺は、まだ知らなかった。
文量がかなりかさみました。
なので今週は一話更新です。お仕事が暇であれば隙を見て金曜に……
2026/01/27 追記
内容をかなりいじりました。
2026/02/03 追記
内容を少し修正したらボリューム増えました。




