第6章 潜入
朝靄の残る東京駅前。
スーツに身を包んだ蓮は、鏡に映る自分を見つめた。
黒髪を整え、無表情を装う。
だが内心は心臓が破裂しそうなほど跳ね上がっていた。
「……俺が、本当に政府の人間に見えるのか」
小声で呟くと、背後から鷹村が肩を叩いた。
「堂々としてりゃいい。小物ほど顔に出る。逆に胸張ってりゃ、誰も疑わねぇ」
「若頭……」
「ビビってもいい。ただし、引くな。それが任侠だ」
短く言い残し、鷹村は背を向けた。
蓮は深呼吸をし、配られた偽造パスを胸ポケットにしまった。
――そして、国会議事堂へ。
威圧的な門をくぐり、厳重な警備を抜け、石造りの廊下を歩く。
スーツ姿の役人や議員秘書たちが行き交うが、誰も彼を疑わない。
むしろ忙しさに追われ、互いに顔すらろくに見ていなかった。
やがて、地下の会議室へ案内される。
扉の隙間から漏れる笑い声。
中を覗いた瞬間、蓮は息を呑んだ。
――そこには、スーツ姿の男たちが札束を積み上げ、グラスを掲げていた。
「これで次の公共事業も安泰だな」
「国民なんぞ、いくらでも誤魔化せる」
「はははっ!」
豪奢なシャンデリアの下で、彼らは悪びれる様子もなく金を数え、乾杯を繰り返していた。
その中にはテレビで見た大臣や議員の顔もあった。
蓮の拳が震えた。
――これが、国を動かしている連中の正体なのか。
必死に怒りを抑え、耳を澄ませる。
次々と飛び交う裏金の額、企業との癒着、そして市民を欺く計画の数々。
「……ふざけるな」
心の奥で小さく呟いたその瞬間、背後から声がした。
「君、誰だ?」
背後からかけられた声に、蓮の背筋は凍りついた。
振り返ると、恰幅のいい中年の議員秘書が立っていた。
小さな目を細め、鋭い視線で蓮を値踏みしている。
「(やばい……!)」
胸の鼓動が耳の奥で爆発しそうに響く。
だが、脳裏によみがえるのは鷹村の言葉だった。
『ビビってもいい。ただし、引くな。それが任侠だ』
蓮は一歩踏み出し、低い声で言い放った。
「……財務省からの使いです。資料を届けに」
秘書は眉をひそめる。
「そんな話は聞いていないが」
「上層部はいつもそうでしょう。現場には伝えない。……まぁ、これ以上はご自身で確認してください」
挑発めいた口調に、秘書は一瞬だけ目を泳がせた。
その隙を逃さず、蓮は頭を軽く下げ、廊下を進んだ。
――歩け。振り向くな。
背中に突き刺さる視線を必死に無視し、蓮は会議室を離れた。
数分後、議事堂の外。
ようやく夜風を浴びた瞬間、足から力が抜けそうになる。
「……っ、はぁ、はぁ……!」
全身が汗でびっしょりだった。
だが、胸ポケットの小型レコーダーは確かに回っている。
議員たちの汚職の会話はすべて記録されていた。
「やった……! やったんだ……!」
震える手でレコーダーを握りしめ、蓮は足早にその場を離れた。
そして夜遅く、仁誠会の事務所。
蓮がレコーダーを差し出すと、神宮寺は無言で受け取り、再生ボタンを押した。
『国民なんぞ、いくらでも誤魔化せる』
『次はあの会社に融通させろ』
『はははっ!』
組員たちの表情が怒りに染まっていく。
神宮寺はしばらく黙っていたが、やがて低い声で言い放った。
「……奴らはもう、人間じゃない」
蓮は唾を飲み込む。
次に発せられる言葉を、全員が待っていた。
「この腐った政府を――我ら仁誠会が討つ」
静まり返った事務所に、その宣言が響き渡った。




