第5章 広がる任侠の旗
仁誠会が炊き出しを行う日。
新宿の公園には、これまでにないほど多くの人々が集まっていた。
母親に連れられた子ども、仕事を失った労働者、年金暮らしの老人――。
皆が列を作り、仁誠会の組員たちから温かい飯を受け取っていた。
「はい、次どうぞ! 熱いから気をつけてな!」
「ありがとう……ありがとう……」
涙を流して頭を下げる老人に、蓮は胸を打たれた。
ここには裏も表もない。
ただ「人を助けたい」という思いが広がっている。
やがて噂は他の街にも届いた。
仁誠会が来れば治安が良くなる。
悪徳業者も暴力団も追い払ってくれる――と。
地方の小さな愚連隊が、仁誠会の事務所を訪ねてきたのもその頃だった。
「俺たち……今まで好き勝手やってきました。でも、仁誠会のやり方を見て考え直しました。どうか傘下に入れてください!」
土下座する若者たちを、神宮寺はしばらく黙って見ていた。
そして静かに口を開いた。
「任侠の道は甘くない。人を護るとは、自分を削ることだ。それでも来るか」
「はい!」
「ならば、共に歩もう」
こうして、仁誠会の旗は少しずつ広がっていった。
一方で――。
拡大する勢力に、警察や政府の視線も厳しくなる。
「民衆の支持を得た裏社会組織」――その存在は、既存の秩序にとって脅威だった。
蓮は肌でそれを感じていた。
街の視線には感謝と期待が混じっている。
だが同時に、どこか張り詰めた緊張も漂い始めていた。
仁誠会の活動は、日に日に大きな話題となっていった。
新聞や週刊誌は「新しい時代の任侠」と書き立て、SNSには炊き出しや護衛の様子が拡散される。
だがその裏で――。
「連中の動きが広がりすぎている」
霞が関の会議室で、スーツに身を包んだ議員たちが声を潜めた。
「市民が裏社会を支持するなど前代未聞だ。警察の権威が失墜しかねん」
「このままでは我々の利権に支障が出る。早急に対策を」
彼らの眼差しは、恐怖と憎悪で濁っていた。
数日後、仁誠会の事務所に一通の情報が舞い込む。
「政府の要人が、裏金の受け渡しを国会議事堂で行うらしい」
若頭・鷹村は資料を机に叩きつけた。
「なるほどな……わざと俺たちに嗅がせやがったな」
「どういうことですか?」蓮が問い返す。
「要は挑発だ。『お前らにそんな度胸はあるか?』ってな」
沈黙していた神宮寺が、ゆっくりと口を開いた。
「……蓮」
「はい」
「この任務、お前に任せる」
「えっ……!?」
ざわめく組員たち。
新入りに国会への潜入など、正気の沙汰ではない。
だが神宮寺の眼差しは鋭く、それでいてどこか信じるような温かさを帯びていた。
「お前の目で、今の政府の姿を見てこい。そして――報告しろ」
蓮の心臓は激しく脈打っていた。
任侠に生きると誓った以上、逃げる道はない。
「……承知しました!」
その声が響いた瞬間、事務所の空気が一段と張り詰めた。
やがて来る嵐を、誰もが予感していた。




