33章 広がる火種
翌朝――。
雨に洗われた本部には、まだ焦げた臭いが漂っていた。
戦いの傷跡は深いが、そこに立つ組員たちの顔には確かな誇りがあった。
「……俺たち、勝ったんだな」
「政府の怪物を、本当に倒しちまった……!」
その声は次第に大きくなり、仁誠会の士気を押し上げていく。
だが影響は本部だけでは終わらなかった。
夜のうちに戦闘の情報が外へ漏れ、翌日には街中で噂が囁かれ始めたのだ。
「聞いたか?仁誠会が政府の強化兵を倒したって話だ」
「嘘だろ、あんなバケモノを……」
「いや、本当らしい。現場から逃げ延びた奴が見たってよ」
都市の片隅で暮らす庶民たちは目を輝かせた。
「仁誠会が……俺たちを守ってくれるのか?」
「政府に逆らえるのは、もう奴らしかいない!」
数日後。
地方の街でも同じ噂が広がり、壁に描かれる落書きには“仁誠”の二文字が並び始めた。
子供たちでさえ、遊びの中で「俺が仁誠会!」「悪い政府をやっつけろ!」と叫ぶ。
その様子を見た情報員が報告すると、神宮寺は重々しく頷いた。
「……火種は確かに広がっている。だが、ここからが本当の戦いだ」
その夜、真田博士は幹部室に蓮、神宮寺、鷹村ら主要幹部を呼び寄せた。
歓声の余韻が消えぬ中、博士の顔はいつになく険しかった。灯りが揺れる会議室に、重い沈黙が落ちる。
「君たちが撃退した“影の部隊”――それは単なる刺客の集団ではない」
博士がゆっくりと言葉を紡ぐと、幹部たちの視線が一斉に集まった。
「背後に糸を引く者がいる。名を言おう――黒崎だ」
その瞬間、空気が張り詰める。蓮は包帯の巻かれた腕を抱えたまま顔を上げた。神宮寺の指先がわずかに震えるのが見えた。
「黒崎……?」鷹村の声が低く響く。
博士は重ねて言葉を放った。
「黒崎は政財界に顔が利き、軍や警察の要所にも浸透している。表に姿を出さず、国家の仕組みを裏から操る人物だ。今回の“影の部隊”も、奴の意思の一端に過ぎない」
幹部たちの顔色が変わる。歓喜の余韻は一瞬にして消え去り、代わりに冷たい緊張が押し寄せる。
「つまり、そいつを叩かなければ、我らの戦いは終わらない――ということだな」
鷹村は低く唸り、拳を固く握りしめた。
博士は静かに頷いた。
「次の標的は、黒崎だ。だが奴は直接手を出さない。影を操り、我々を消耗させる。用心して動け」
会議室に沈黙が落ちた。部屋の外では、まだ遠くで人々の話し声が聞こえている。だがその声は、いまや単なる噂の域を超えようとしていた――。
一方、政府側。
内閣府の地下室では、幹部たちが怒声を飛ばしていた。
「どういうことだ! 影の部隊が敗れただと!?」
「民衆にまで噂が漏れている……支持率が急落しているぞ!」
官僚たちは顔を青ざめさせ、責任をなすりつけ合う。
その中心で、ただ一人冷静に書類を閉じた影の部隊司令官・黒崎が低く呟いた。
「仁誠会……。愚かな火種を残してくれたものだ。だが、必ず潰す」
その目には、今まで以上の殺意が宿っていた。
本部に戻り、蓮はまだ包帯で巻かれた腕を抱えながら、民衆の噂を聞いて静かに呟いた。
「……俺たちの戦いは、もう俺たちだけのものじゃない。民の希望になっちまったんだ」
神宮寺がその肩に手を置く。
「だからこそ、退けぬ。……蓮、お前の覚悟を皆が背負っている」
蓮は痛む腕を押さえながらも、まっすぐに頷いた。
――こうして仁誠会は、単なる裏社会の組織から“革命の象徴”へと歩みを進めていくのだった。




