第32章 代償の勝利
妨害装置のコアは赤光を放ち、低い唸り声のような音を響かせていた。
ケーブルからは火花が散り、壁の計器が一斉に警告音を鳴らす。
真田博士が顔を蒼白にして叫ぶ。
「このままでは臨界に達する!本部ごと吹き飛ぶぞ!!」
組員たちが慌てふためく中、蓮は装置に駆け寄った。
「止める方法は!?」
博士は首を振る。
「制御盤に直接アクセスして回路を切るしかない。だが、強烈な電磁波で……近づけば神経を焼かれる!」
「……じゃあ、俺しかいねぇな」
蓮は迷いなく走り出した。
「蓮!やめろ!」
鷹村が叫ぶが、彼は振り返らない。
赤光の中、蓮は制御盤に手をかけた。
電流が全身を駆け抜け、視界が白く染まる。
「ぐっ……ああああぁぁ!!!」
歯を食いしばり、焦げ付く匂いに耐えながら、必死にレバーを引き抜いた。
火花が爆ぜ、装置の唸りが急激に低下する。
最後の瞬間、蓮は木刀の柄を叩きつけ、回路を強引に断ち切った。
――沈黙。
赤光が消え、青白いコアは静かに光を失った。
蓮はその場に崩れ落ちる。
「はぁ……はぁ……止まった、のか……」
博士が駆け寄り、彼の肩を支えた。
「……よくやった……!君がいなければ、全員死んでいた!」
外を見れば、影の部隊は地に倒れたまま。
妨害装置の効果で強化兵は全員沈黙し、撤退もできずに残骸のように転がっている。
組員たちは歓声を上げた。
「勝った……!初めてあの怪物どもを倒したぞ!」
「仁誠会の時代だ!」
その声を聞きながら、蓮は荒い息の中で微笑んだ。
「……これで……博士の装置さえ完成すれば……まだ勝てる……」
だがその笑みの裏で、彼の両腕は焦げ付き、神経に深刻な損傷を負っていた。
木刀を握る感覚は、もうほとんど残っていなかった。
勝利は確かに掴んだ。
だがその代償は、蓮の身体と仲間たちの命だった。
仁誠会は初めて強化兵を退けた夜を“雨の勝利”と呼び、後の伝説として語り継ぐことになる。
――雨に濡れる本部の中、歓声が響き渡る。
組員たちは互いに肩を抱き、涙ぐみながら勝利を噛み締めていた。
だが、真田博士の表情は険しかった。
博士は蓮、神宮寺、鷹村、そして主要幹部を集め、低い声で告げる。
「……君たちは確かに強化兵を退けた。しかし、これで全てが終わったわけではない」
蓮が荒い息のまま顔を上げる。
「……どういうことだ?」
博士は重々しく答えた。
「“影の部隊”の背後には、ひとりの男がいる。名を――黒崎。
政財界、軍、警察……あらゆる権力に食い込み、国家そのものを裏から操っている存在だ。
君たちが勝利を収めた今、奴は必ず牙を剥くだろう」
幹部たちが一斉に息を呑む。
鷹村は拳を握りしめ、怒声を上げた。
「つまり、そいつを叩かなきゃ、終わりはねぇってことか!」
博士は頷き、最後に言葉を重ねた。
「君たちの次の標的は……黒崎だ」
勝利の熱気は消え、会議室には重苦しい沈黙が広がった。
だが、この夜を境に、仁誠会の抗争は新たな段階へと突入していくのだった――。




