第3章 修行の日々
翌朝、蓮は事務所の中庭に立っていた。
まだ日の出前、空気は肌を刺すほど冷たい。
目の前には竹刀を持った鷹村隼人。
「よし、坊主。まずは基礎からだ」
「……基礎って、殴り合いとかですか?」
「馬鹿。そんなもんは後だ。まずは足腰」
次の瞬間、蓮の腹に蹴りが入った。
「ぐっ……!」
「腹筋が弱ぇ。背筋も甘ぇ。体ができてなきゃ、いくら腕を振ってもただのケンカだ」
その日から蓮は、朝はランニング、昼は力仕事、夜は受け身の反復。
眠る暇すらなく身体を叩き直された。
「おらぁ! 腕立て止めんな!」
「ひ、百回目っ……!」
「千回だ」
「せ、千っ!?」
組員たちは笑いながらも水を差し出してくれた。
「頑張れ新入り! 根性あるじゃねぇか!」
地獄のような鍛錬だった。
だが、なぜか蓮はやめたいと思わなかった。
汗と涙にまみれながら、心のどこかで「これが生きている証」だと感じていた。
数週間後――。
鷹村は蓮に木刀を投げ渡した。
「よし、基礎体力は合格だ。次は“間合い”を覚えろ」
「間合い……」
「人を殴るためじゃねぇ。護るための一歩、倒すための一歩、その距離を間違えたら命はねぇ」
鷹村の木刀が一閃。
風を切る音と共に、蓮の頬をかすめる。
「今度はお前が来い」
蓮は木刀を握りしめ、震える足で一歩踏み出した。
その瞬間、胸の奥で何かが燃え上がるのを感じた。
数日後の夕暮れ。
鷹村に呼び出された蓮は、繁華街の裏路地に立っていた。
「坊主、今日はお前の実戦テストだ」
「テ、テスト……ですか」
「そうだ。力を見せろって意味じゃねぇ。どう動くか、だ」
鷹村が顎で指した先には、酒に酔って絡む男が一人。
通りすがりのサラリーマンに肩を掴み、怒鳴り散らしている。
周囲は見て見ぬふり。
「ありゃ近所でも有名な厄介者だ。だが暴れすぎて、子どもまで泣かせてやがる。――さぁ蓮、お前ならどうする」
蓮は息をのんだ。
頭の中で鷹村の言葉がよみがえる。
「任侠の力は、人を護るために使え」
蓮は一歩踏み出した。
「すみません。ここは任せてもらえませんか」
サラリーマンを庇い、酔っ払いの前に立つ。
「なんだテメェは!」
男の拳が振り下ろされる――。
反射的に、蓮は鷹村に叩き込まれた受け身を取った。
衝撃を流し、踏ん張りながら男の腕を取り、地面に押し倒す。
「ぐっ……くそ……!」
「もうやめてください! これ以上騒げば警察が来ます!」
声は震えていた。
だが、必死の眼差しに気圧されたのか、男は舌打ちをして立ち去っていった。
周囲に残っていた人々から、小さな拍手が起こる。
「ありがとう」「助かったよ」と口々に声がかかる。
蓮の胸に、熱いものが込み上げた。
背後から鷹村が歩み寄ってくる。
「……上出来だ、坊主」
「お、俺……震えてましたけど……」
「それでいい。怖ぇってことは、命を大事にしてる証拠だ。だが一歩踏み出した。そこが大事なんだ」
蓮は深く頭を下げた。
その瞬間、初めて心の底から思った。
――俺は、本当に“仁誠会の一員”になれたんだ。




