第2章 仁誠会の日常
翌朝、蓮は仁誠会の事務所にいた。
畳敷きの大広間に組員たちが集まり、それぞれ掃除や準備に動いている。
「おい、新入り! バケツ持ってこい!」
「はい!」
蓮は慌てて走り回り、雑巾を絞り、灰皿を片付ける。
学生時代のサークルとはまるで違う、上下関係の厳しさに胃が縮みそうだった。
だが――。
「ご苦労さん、これ飲め」
渡されたのは冷えた缶コーヒーだった。
鬼のような顔をした先輩組員が、意外にも優しい笑みを浮かべている。
「……ありがとうございます」
「仁誠会じゃな、人を大事にすんだ。上だろうが下だろうがな」
「人を……大事に?」
蓮は思わず聞き返した。
ヤクザと言えば、弱者を食い物にする連中だとばかり思っていた。
だがここでは、誰もが協力し、助け合っている。
「勘違いすんなよ。外じゃ容赦しねぇ。けどな――」
組員は窓の外で遊ぶ子どもたちを指さした。
「俺たちの飯は、あいつらの泣き顔じゃなく、笑顔から出てるんだ」
蓮の胸に、じわりと熱いものが広がった。
そのとき、事務所の扉が開く。
「若頭が来られたぞ!」
鷹村隼人が現れると、場の空気が一変した。
厳しい目を光らせながらも、蓮を見つけると口元をわずかに緩める。
「おう、坊主。今日から本格的に仕事を教えてやる」
「よ、よろしくお願いします!」
蓮は深く頭を下げた。
こうして、仁誠会での“日常”が始まっていくのだった。
昼下がり、鷹村に呼び出された蓮は、黒塗りのワゴンに乗せられて街へ出た。
助手席の鷹村は煙草をくわえながら、何気ない調子で言う。
「お前、ヤクザのシノギって聞いたら何を思い浮かべる?」
「え……みかじめ料、とかですか?」
「そうだな。まぁ半分正解、半分ハズレだ」
ワゴンは古びた商店街に停まった。
暖簾を掲げた小さな食堂の前に立つ鷹村を、店主の老夫婦が笑顔で迎える。
「若頭さん、今日もありがとうございます」
「いや、こっちこそ。困ったことがあったら遠慮なく言え」
蓮は目を瞬かせた。
脅すどころか、まるで頼りにされているようだった。
「……あの、これは?」
「この店、数か月前まで別の連中に荒らされてな。毎日みかじめ取られて、客も減って潰れかけてたんだ」
「それを……?」
「俺らがケリつけた。代わりに“任侠料”って形で毎月ちょっとだけもらってる。額は前よりずっと安いし、商売も安定してる」
蓮は思わず唾を飲んだ。
確かに金を取ってはいる。だがそれは「守るため」の対価。
少なくとも、搾取だけしていた連中よりは遥かに健全に思えた。
その時、裏路地から怒鳴り声が響いた。
「おいジジイ! 約束のカネがまだだろ!」
柄の悪い三人組が、隣の八百屋を囲んでいた。
店主の若夫婦は怯え、子どもが泣き出している。
鷹村の目が細く光った。
「……お前、見とけ。これがシノギだ」
彼は躊躇なく歩み寄り、三人組の前に立つ。
「お前ら、どこのモンだ」
「はぁ? テメェには関係ねぇだろ!」
次の瞬間、鷹村の拳が鳴り響いた。
一人が地面に叩き伏せられ、残りの二人は青ざめて逃げ出した。
蓮は声を失った。
暴力は確かに暴力だ。だが――守るための暴力だった。
「安心しろ。もう誰もお前らを食い物にしねぇ」
鷹村の言葉に、八百屋の夫婦は深々と頭を下げた。
ワゴンに戻る途中、蓮は思わず口を開く。
「若頭……仁誠会って、本当にヤクザなんですか?」
鷹村は煙を吐きながら笑った。
「裏の人間だ。だがな、俺たちの任侠は“守るため”にある。勘違いすんなよ、坊主」
その言葉は、蓮の胸に深く刻まれた。




