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楔子・始まりの桜が咲く前に

作者: 斎藤 一雪

・この物語は私が書いている連載小説「神選組-Sincerity Spirits-」の序章前日のお話となっています。

こちらからでも、序章からでも、どちらから読んでも構いません。

・この物語には新選組等歴史的人物の子孫が登場いたしますが、フィクションですので実際の人物や団体等とは全く関係ありません。

・また、未来がこのような形になっていたりするのはあくまでも“空想”ですので、ご了承ください。

――――東京24区桜里 江戸町桜香はるか通り 桜里神選組屯所

「静司!テメェいい加減にしやがれ!」

シパァンッ!という景気の良い音と共に、古い日本家屋特有の障子が勢いよく開いた。

障子を開けて立っていたのは眉間に深くシワを寄せた、恐ろしいくらい美しい男。

肩に届かない艶やかな黒髪を持ち、切れ長の澄んだ紺碧こんぺき色の瞳は、強い意志を宿している。

「やだなぁ、土方さん。そんな大声出して。皆びっくりしますよ?」

軽い口調でそう返したのは、縁側に座ってのんびりと日向ぼっこをしている男。

薄い茶色の髪を短く切っており、その相貌そうぼうは無邪気さと凶暴さが湛えられた真紅。

姿勢はとてものんびりとしているが、伝わる気から隙はない。

「うるせェ!お前、また俺の句を雑誌にポンポン出しやがって……!」

土方と呼ばれた黒髪の男は、右拳を握り締めて歯軋りをする。

「カルシウム不足ですかぁ?あんまり怒ってばかりいると、そのうち眉間のシワが取れなくなりますよ?」

般若のような土方を恐れる様子もなく、静司という男はにこにこと笑っている。

「いいじゃないですか。別に下手じゃないし、今回も見事に入選でしょ?」

彼は土方が左手に持つ雑誌を見てそう言った。

「バカ野郎!堂々と“土方歳信としのぶ”で出しやがって!俺達が目立ってどうすんだ!」

「じゃあなんですか?ご先祖様をあやかって“歳三”にします?それとも、“豊玉ほうぎょく”?」

「名前の問題じゃねぇよ!雑誌に出すなっつってんだっ!」

噛み合わない会話に土方がイライラし始めた頃、

「副長、ただいま戻りました。」

二人の傍に、もう一人男が来た。

「おう、斎藤か。市内の様子はどうだ?」

「はい、特に目立った様子はありません。不逞ふていな輩も見当たりませんでした・」

「そうか、ご苦労。」

「おかえり、かおる君。」

静司が笑顔で男を呼ぶと、郁と呼ばれた男は青く細い瞳に呆れを滲ませた。

「静司。また副長の句を雑誌に出したそうだな。近隣の住民が色々と噂していて困る。もう止めろ。」

「郁君までそれを言うの?」

静司が頬を膨らませると、郁は深いため息をついた。

土方と同じく黒い髪を肩まで伸ばし、耳ぎわの髪を左右一房ずつ取り、後ろで一括りにしている。その髪が、さらりと肩に流れた。

「帝都内では“帝狼ていろう”という名で通っている神選組の副長が、週刊誌の句で入選なんて、バカみたいじゃねぇか!浪士どもに嘗められるだけだ。」

舌打ちをしながら言う土方は、とてもイライラしているようだ。

「そうだ、今度は新聞に出してみます?お年寄りは雑誌とか見なそうだし。」

しかし、そんな土方をどうとも思っていないのか、静司はにこにこと別の話を進める。

「だから出すなっつってんだろッ!」

バシィンッと豪快な音を立てて、雑誌が畳みにめり込む。

土方が思いっきり雑誌を叩き付けたせいだ。

「静司、お前それでも組長か?」

呆れ顔で郁が尋ねるが、静司は「うん」と爽やかに頷いて、土方が叩き付けた雑誌を拾う。

「………あれ?貴光たかみつのインタビュー記事だ。」

ふいに、静司がそんな呟きを漏らした。

「あぁ、そういやぁそんなこと言ってたな。」

「顔が良いからだよね、絶対。じゃなきゃこんな週刊誌に出ないでしょ。」

そう言って静司が見る写真は、美青年のものだった。

若くして“帝”という役職に就く、源條院げんじょういん貴光。

帝とは、天皇を支える役職のことで、天皇家の分家筋に当たる源條院家が代々勤めている。

貴光は数年前に病の床についた父親の後を継いで帝位に就いたが、その仕事ぶりはとても良く、天皇からの信頼も厚い。

そんな貴光こそ、彼ら神選組の主である。

こんな科学技術が溢れる社会の中でも剣術道場を営んでいた局長・近藤勇輝ゆうきの志を買い、帝都の守護警備を申し渡したのだ。

「しばらく接待に行っていないな。そろそろ酒を酌み交わしにいくか。」

「副長は大変ですね。伊藤一派のこともあるのに。」

全く心配などしていない表情で、静司がそう言う。

「まったくだ。伊藤一派の件はお前らにも出向いてもらうかもしれねェ。しっかり準備しとけ。」

「あの人も物好きだよね、郁君。」

「そうかもしれんな。」

郁は肩をすくめると、土方に軽く頭を下げてその場を去った。

「さてと。静司、お前は後で俺の部屋へ来い。」

「えー、何でですか?」

「句集を持ってこい。そして俺に返せ。」

土方はそれだけ言うと、静司の返事も聞かずに去っていった。

今まで土方の怒号でピリピリしていた空気が、水を打ったように静かになる。

「……さて、と。そろそろ出てきたら?」

静司が誰にともなく呟くと、庭の松の陰から、三人の男が出てきた。

「いやー、怖かった!土方さん、最近目に見えてイライラしてるよなぁ…。」

三人の中で一番小柄な、男と言うには幼い少年がそう呟いた。

癖のついた栗色の髪に、若草色の大きな瞳は活力に満ちている。

「そりゃ、伊藤一派が派手にやらかしてるからだろ?」

少年の呟きをすくったのは、三人の中で一番長身の男性。

赤茶色の髪に、灰褐色の瞳で、どこか優男のような雰囲気を持っている。

「近々一戦交えることになりそうだしなぁ、この様子だと。」

腕組みをしながらうなるのは、筋肉質な男。

黒髪黒目の典型的日本人な外見ながら、その引き締まった体についた筋肉は、さながらボクサーのようだ。

「陽助、さっき陽平さんから手紙がきてたよ。」

「げっ、マジで?」

嫌そうに顔を歪め、背の小さな少年・陽助は家屋の中へと上がりこんだ。

「陽助も、過保護な親父さんを持って大変だな。」

「そういう左槻さつきさんはどうなの?」

静司が長身の男に尋ねると、左槻と言われた男は苦笑しつつ肩をすくめた。

「二人して海外旅行中だ。呑気だよな。邪魔な息子がいなくなったからって、夫婦水入らずって言って旅行なんて。」

「あの二人らしいじゃねェか。俺のところは、どうなろうと知ったこっちゃねぇって感じだぜ?」

「新一さんちは、兄弟がたくさんいるから仕方ないでしょ。」

「そうだぜ、新一。肝っ玉母ちゃんってのは、ああいうのを言うんだよな。」

おかしそうに笑みを浮かべた左槻に、新一と呼ばれた男はため息をついた。

「肝っ玉母ちゃんなんてごめんだな。静司のとこは美人で清楚で、いいよなぁ。」

「新一さんには一生縁の無さそうな人だよね。」

爽やかに言う静司に、新一は大口を開けて

「なんだそりゃ!?確かに、俺には女っ気はないけどなぁ、だからって縁がねぇってのは言いすぎだぞ!?」

と怒鳴った。その声にも、静司は特に動揺しない。

「どうしたんだ、こんな昼間から大声を出して?」

ふと、呆れたような声音が部屋の中から聞こえてきた。

静司が顔を輝かせて振り向く。

「近藤さん!」

「おう、静司。左槻も新一も、ただいま。」

「おかえりなさい。」

「いつもお疲れ様だな。」

「おかえんなさい、近藤さん。」

「トシを見なかったか?」

キョロキョロ辺りを見回す近藤に、静司は雑誌を見せる。

「近藤さん、土方さんの句がまた入選しましたよ。」

それを見て、近藤は「おぉ!」と嬉しそうな声を出した。

「トシは上手いくせに発表しようとしないからな。どれどれ……ほぅ、今回も良い句じゃないか。春らしくていいな。」

「うんうん」と一人で頷いて、近藤は雑誌を静司に返した。

「俺はトシに用があるから行く。また後でな。」

そして、また家の中へと戻っていった。

「近藤さんも忙しそうだな。」

「仕方ねぇだろ、局長なんだから。」

新一と左槻もそんな会話を交わしながら、静司に軽く手を振ってその場を去った。

後に残され、静司は庭の隅を見つめた。

温かな春の日差しに照らされ、薄桃色の桜が咲き誇っている。

今年は例年よりも早咲きの桜だ。

「桜、かぁ………。」

ポツリと呟いた言葉は、突然吹いた春風に消えた。

春風に揺られ、桜の枝が揺れて花びらが舞い踊る。

この後に起こる出来事を暗示し、期待に胸を躍らせているかの如く。

「神選組-Sincerity Spirits-」は、元はもう少し違うお話でした。

その時の序章を少し変えたものを、「楔子」と題して番外編として投稿してみました。

ギャグ混じりなので、楽しんでいただけると幸いです。

序章の先でも後でも楽しめると思うので、そこは皆様のご判断に任せます。

これからも、神選組をよろしくお願いしますorz

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