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第9話「初めて、似合ってるって言われた」

翌朝。


俺はいつもより10分早く目を覚ました。


理由は単純で——昨日、一ノ瀬に選んでもらった服を、どうしても今日、着て行きたかったからだ。


「……なんか、変な感じだな」


今までは着られればなんでもいい、と思っていた服。


だけど今、選んで手に取るこのシャツには「自分が誰かに見られる」って意識がある。


俺が変わり始めてる証拠なのかもしれない。


身支度を終え、鏡を見る。


——うん、やっぱりちょっとはマシになってる。


肌荒れも、スキンケアを始めてから少しずつ落ち着いてきたし、メガネも前よりだいぶ細身で軽いタイプに変えた。


だけど、それより何より。


「……服って、すげぇんだな」


清潔感って、こういうことを言うんだって初めて分かった。


それだけで、「人間」に見える。


「……よし」


一つ深呼吸をして、家を出た。




 

教室に入ると、思ったより早く一ノ瀬が席に着いていた。


俺に気づくなり、顎でこっちをしゃくってニヤッと笑う。


「……へぇ」


「……な、なに」


「ちゃんと着てきたな。いいじゃん、似合ってる」


「……っ」


その一言だけで、どこかがジン、と熱くなる。


自分で見ても悪くないとは思ったけど——「似合ってる」って誰かに言われたのは、たぶん人生で初めてだった。


「……ま、まあな。なんか……悪くなかったから」


「素直でよろしい」


くしゃっと頭を撫でられて、思わずビクッとなる。


「や、やめろっ……!」


「なにビビってんだよ。お前、ほんと反応おもしれぇ」


からかってるのは分かってるのに、その手があったかくて、なんか悔しい。


だけど、俺は気づいていた。


——俺の変化を、ちゃんと見てくれてるのは、こいつだけだ。


 



昼休み。


自分から「コンビニ行こう」って言ったのは、初めてだった。


俺の言葉に一ノ瀬は少し驚いて、それから嬉しそうに「いいね」と笑った。


駅前のセブンでパンとおにぎりを手に取り、二人並んで公園のベンチに座る。


一ノ瀬は一瞬黙った後、パンをかじって言った。


「神原」


一ノ瀬が、急に真面目な声で俺の名前を呼ぶ。


「お前、変われるよ。ちゃんとやれば、もっとカッコよくなれる。……いや、なるべきだ」


「……俺が?」


「そう。自分を嫌いなまま生きるの、そろそろやめた方がいい」


言葉が、胸に突き刺さった。


——こいつ、なんでそんなに俺のこと知ってんだよ。


でも、それが悔しくなかった。


むしろ、ちょっとだけ嬉しかった。


「……だったら、手伝えよ。最後まで」


「……は?」


「中途半端に投げ出すなよ。お前が育てるって言ったんだから」


そう言った俺に、一ノ瀬は目を見開いて——すぐに、いつもの意地悪な笑みを浮かべた。


「へぇ。やっと自分から喰いついてきたな」


「べ、別に……っ!」


「いいよ。責任、取ってやる」


その声が、妙に低くて、ぞくっとするくらいに色気を含んでいた。


やばい。


なんか今、完全にペースを握られた。


でも。


(……悪くないかも)


そんなふうに思ってる自分に、俺自身が一番驚いていた。


——俺は、もう“前の俺”じゃないのかもしれない。

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