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第4話「初めての“変身”買い物デート」

 放課後、約束通り――俺と一ノ瀬は、駅前のドラッグストアに立っていた。


 いや、“立たされていた”と言ったほうが正しい。

 俺は何度も「やっぱ帰る」と言いかけたのに、そのたびに一ノ瀬に袖を掴まれ、

 「逃げるな、豚」と笑顔で言われる始末。なんだコイツ、性格最悪だ。


 「……で? 何を買えばいいんだよ」


 「まず、洗顔フォームな。脂性肌だし、ニキビ用のやつ」


 一ノ瀬はスタスタと売り場の棚へ向かう。

 明るい照明の下、並べられた無数のスキンケア商品。

 見たことない英語ばっかで、まるで魔法の道具棚みたいだった。


 「はい、これ。最初はこれでいい。シンプルで安いやつ」


 「へぇ……」


 思わず感心してしまう。パッケージの使い方も、成分表も、一ノ瀬はすらすら説明してくれる。

 ……なんなんだコイツ、女子かよ。


 「次、化粧水。ニキビにはアルコール少なめのやつ。コットン使え」


 「コットンって……女かよ」


 「男でも使うんだよ。いいから黙って聞け、デブ」


 「てめぇ……!」


 けど、反論する暇もなく、次々に商品をカゴに入れられていく。

 洗顔、化粧水、乳液、ニキビパッチ、コットン、あぶらとり紙――どんどん増える。


 俺の金が……。

 いや、それより――


 「……こんなに要るのかよ」


 「最低限だよ。ていうかさ」


 一ノ瀬が、急に真面目な顔をした。


 「ここで金ケチるくらいなら、一生キモオタでいろよ」


 ……ズバッと刺された。


 「……わかったよ」


 俺はカゴを持った。ずっしりと重い。

 でも、その重さが――なぜか、ちょっと誇らしかった。





 買い物が終わったあと、駅前のベンチで一息ついていた。

 夕暮れの空はオレンジ色に染まり、すれ違う高校生たちが笑いながら話している。


 その中にいる自分が、ちょっと不思議だった。


 俺はずっと、“あっち側”の人間が嫌いだった。

 いや、羨ましくて、悔しくて、認めたくなかっただけだ。


「なあ、一ノ瀬」


「ん?」


「お前……なんで俺なんかに構うんだよ」


 ――ほんとは、ずっと気になってた。


 「さあ?」


 一ノ瀬は空を見ながら笑った。


 「最初は、暇つぶし。マジで」


 「はぁ?」


 「でも、今は……お前、面白いから」


 「……は?」


 「変わっていくやつ、見てると飽きないんだよね。

しかも、ちょっと可愛いし」


 「…………は???」


 「今の反応、マジでキモいな。安心するわ」


 笑いながら、缶コーヒーを俺に渡してきた。


 ……こいつ、本当に性格悪い。

 でも、ちゃんと見てくれてる。俺のこと。


 だから、俺は――


 「変わってやるよ。ちゃんと、俺を見とけよな」


 気づけば、そんな強気な言葉が口をついていた。


 一ノ瀬は、一瞬だけ目を見開いて、それからニヤリと笑った。


 「ほぉ? じゃあ、期待してるわ、“神原晴くん”」


 夕焼けの光の中、一ノ瀬の笑顔は――ちょっとだけ、やさしく見えた。





 その夜、俺は人生で初めて、真剣にスキンケアをした。


 洗顔フォームを泡立てて、ぬるま湯で洗い流し、化粧水を丁寧にコットンに含ませて肌に当てる。

 乳液は手で押し込むように。ニキビパッチを貼って、鏡を見る。


 ……まだまだブサイクだ。


 でも――“やってる自分”が、ほんの少しだけ、誇らしかった。

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