第4話「初めての“変身”買い物デート」
放課後、約束通り――俺と一ノ瀬は、駅前のドラッグストアに立っていた。
いや、“立たされていた”と言ったほうが正しい。
俺は何度も「やっぱ帰る」と言いかけたのに、そのたびに一ノ瀬に袖を掴まれ、
「逃げるな、豚」と笑顔で言われる始末。なんだコイツ、性格最悪だ。
「……で? 何を買えばいいんだよ」
「まず、洗顔フォームな。脂性肌だし、ニキビ用のやつ」
一ノ瀬はスタスタと売り場の棚へ向かう。
明るい照明の下、並べられた無数のスキンケア商品。
見たことない英語ばっかで、まるで魔法の道具棚みたいだった。
「はい、これ。最初はこれでいい。シンプルで安いやつ」
「へぇ……」
思わず感心してしまう。パッケージの使い方も、成分表も、一ノ瀬はすらすら説明してくれる。
……なんなんだコイツ、女子かよ。
「次、化粧水。ニキビにはアルコール少なめのやつ。コットン使え」
「コットンって……女かよ」
「男でも使うんだよ。いいから黙って聞け、デブ」
「てめぇ……!」
けど、反論する暇もなく、次々に商品をカゴに入れられていく。
洗顔、化粧水、乳液、ニキビパッチ、コットン、あぶらとり紙――どんどん増える。
俺の金が……。
いや、それより――
「……こんなに要るのかよ」
「最低限だよ。ていうかさ」
一ノ瀬が、急に真面目な顔をした。
「ここで金ケチるくらいなら、一生キモオタでいろよ」
……ズバッと刺された。
「……わかったよ」
俺はカゴを持った。ずっしりと重い。
でも、その重さが――なぜか、ちょっと誇らしかった。
◇
買い物が終わったあと、駅前のベンチで一息ついていた。
夕暮れの空はオレンジ色に染まり、すれ違う高校生たちが笑いながら話している。
その中にいる自分が、ちょっと不思議だった。
俺はずっと、“あっち側”の人間が嫌いだった。
いや、羨ましくて、悔しくて、認めたくなかっただけだ。
「なあ、一ノ瀬」
「ん?」
「お前……なんで俺なんかに構うんだよ」
――ほんとは、ずっと気になってた。
「さあ?」
一ノ瀬は空を見ながら笑った。
「最初は、暇つぶし。マジで」
「はぁ?」
「でも、今は……お前、面白いから」
「……は?」
「変わっていくやつ、見てると飽きないんだよね。
しかも、ちょっと可愛いし」
「…………は???」
「今の反応、マジでキモいな。安心するわ」
笑いながら、缶コーヒーを俺に渡してきた。
……こいつ、本当に性格悪い。
でも、ちゃんと見てくれてる。俺のこと。
だから、俺は――
「変わってやるよ。ちゃんと、俺を見とけよな」
気づけば、そんな強気な言葉が口をついていた。
一ノ瀬は、一瞬だけ目を見開いて、それからニヤリと笑った。
「ほぉ? じゃあ、期待してるわ、“神原晴くん”」
夕焼けの光の中、一ノ瀬の笑顔は――ちょっとだけ、やさしく見えた。
◇
その夜、俺は人生で初めて、真剣にスキンケアをした。
洗顔フォームを泡立てて、ぬるま湯で洗い流し、化粧水を丁寧にコットンに含ませて肌に当てる。
乳液は手で押し込むように。ニキビパッチを貼って、鏡を見る。
……まだまだブサイクだ。
でも――“やってる自分”が、ほんの少しだけ、誇らしかった。