表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/47

第2話「なに笑ってんだよ」

 放課後。いつもなら誰にも見つからないように、そっと下を向いて校門を出る。

 誰にもぶつからないように。話しかけられないように。

 空気になりきって家に帰る。それが、俺の日課だった。


 ……だった、のに。


「おーい、神原~」


 聞き慣れない明るい声が、真後ろから響いた。

 振り向かなくても分かる。あの声は——


 「……一ノ瀬」


「当たりー。なんで隠れるように帰ってんの? 逆に怪しいわ」


 ガッと肩に手を置かれ、俺は完全に足を止めさせられる。くそっ、帰宅ルートまで割れてるのか。尾行でもされてたのか?


「何の用だよ」


 ぶっきらぼうにそう返しても、一ノ瀬は全く動じない。

 それどころか、俺の顔を覗き込んで、にっこり笑った。


「ちょっと暇だったからさー。お前、帰り道コンビニ寄るよな?」


 ……なんで知ってんだよ。


「お前……つけてた?」


「いやいや、たまたま何回か見ただけ。怖い顔すんなよ。てか、ちょっと寄ってこーぜ?」


 有無を言わさず、肩を押される。

 コンビニくらい、たしかに行く。けど、こいつと? なんで俺がそんな社交イベントに……。


「俺、別にお前と一緒に——」


「……いいから。ちょっとだけな?」


 その声色が、ふと低くなった。

 命令、みたいだった。だけど、不思議と嫌な感じじゃなかった。





「甘いもん、好きなの?」


 一ノ瀬が冷蔵スイーツコーナーの前で訊いてきた。

 その手にはいつのまにか俺の買おうとしていたプリン。俺の愛しの濃厚カスタードくん。


「……見ればわかるだろ」


 思わずムッとして答える。

 だって、それは俺の……毎週金曜だけのご褒美……。


「へぇ、意外とカワイイとこあんじゃん。甘党?」


「うるせぇ。放せ、それ俺の」


「やだ」


 一ノ瀬は悪戯っぽくプリンをくるくると回しながら言った。


「今もデブなのにもっと太るぞ?」


 その一言が、ぐさりと心に刺さった。


「……うっせ。知ってるよ」


 俺の声が、少しだけ小さくなる。

 自分が太ってることなんて、いちいち言われなくても分かってる。


 そりゃ、ちょっと運動すればいいし、夜食やめればいいってわかってるけど——

 わかってても、できないのが人間なんだよ。


 俺は無言でプリンを奪い返そうと手を伸ばした。けど、それより先に、一ノ瀬が言った。


「でもさ」


「……なに」


「お前、顔の造形は悪くないよな。……目、ちゃんと見たら、意外とキレイだし」


「は?」


 思わず変な声が出た。


 今、こいつ、何を言った? 今の……冗談? 罰ゲームの一環?

 それとも……まさか、気まぐれな優しさ? 気持ち悪い。なのに、心臓が変な跳ね方をした。


「……なに笑ってんだよ」


 そう言った俺の声は、少しだけ震えてたかもしれない。


 一ノ瀬は、ふっと目を細めて言った。


「別に。ちょっとだけ、興味湧いてきたからさ。……お前が、どう変わるのか」


「変わらねぇよ、俺は。ずっとこうだ」


 そう言ったのは、俺なのに——


 そのあとも一ノ瀬の言葉が、頭の中にぐるぐると残った。


 『お前、顔の造形は悪くないよな』


 そんなの、誰にも言われたことがない。

 自分ですら思ったことがない。


 「変わる」なんて、自分とは無縁の言葉だと思ってた。

 でも——あんな顔で、あんな目で言われたら。


 もし、もし少しでも“変われたら”って……ほんの一瞬でも考えた自分が、情けない。



 ◇ 



 その夜。

 俺は鏡の前に立っていた。


 風呂上がり、濡れた髪をタオルで拭きながら、自分の顔を見る。


 ブツブツの肌。重たいまぶた。二重あご。

 俺の顔は、やっぱり、冴えない。


 ——でも。


 「目だけは、……まっすぐしてる、か?」


 自分で言って、自分で苦笑した。なにやってんだ俺。

 でも、鏡に映る自分に、少しだけ興味を持ったのは、初めてだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ