第1話「リア充爆発しろ」
目立たず、話しかけられず、存在を消す。
これが俺の高校生活三ヶ条だ。
今日も教室の一番後ろ、廊下側の窓から死角になる席で、俺はそっと息を殺している。
誰も気づかない。誰も近づかない。快適そのものだ。俺のパーソナルスペースは半径三メートル——いや、五メートルが理想。
もちろん、友達なんていない。LINEの友達は母親と自分のサブ垢だけ。放課後はアニメとソシャゲとネットの海にダイブして、三次元の喧騒から離脱する。
それが俺、神原海、高校二年、限界陰キャの生き様である。
「マジでさー、今度の文化祭、クラスTシャツどんなのにする?」
「え、ゆるキャラ系? だっさ(笑)」
前方からは、いつも通りの脳天気なリア充トークが耳に入ってくる。なにがクラスTシャツだ、なにが文化祭だ。くだらねえ。ああ、マジでリア充ってやつは……。
(爆発しろ)
口には出さない。けど心の中ではしっかり呪詛を吐いている。
リア充共の無駄に白い歯をきらきらさせた笑顔なんて見たくない。爆ぜろ、木っ端微塵になれ。
俺はそっと黒マスクを押さえる。ブカブカのやつ。顔の大半が隠れてるから安心だし、ニキビも誤魔化せる。分厚いメガネのレンズ越しに、目の前の文字がやっと読める。最近、体重も増え気味。座ると制服のボタンがちょっとキツい。
どうせ誰も俺になんか興味ない。だから俺も、誰にも興味ない。
それが、俺の完璧な人間関係だ。
「……なあ、お前ってさ」
突然、低い声がすぐ隣から聞こえてきた。
え? と思った瞬間には、もう遅かった。
……誰かが、俺の机に肘をついて覗き込んでいた。
距離、近っ。
「なんで喋んないの?」
こいつ……誰だ? 一瞬、名前が浮かばなかった。でも顔は見たことある。というか、クラスの女子がやたらと「イケメン」って騒いでるあの……。
「……一ノ瀬晴翔」
無意識に、口から名前が出た。
やば。しまった。反応してしまった。
「あ、しゃべった。へぇ、声低めなんだな。てか、名前覚えてくれてんの? 光栄」
ニヤッと笑ったその顔は、まさに少女漫画の王子様ってやつだ。サッカー部で、成績もそこそこ良くて、性格も爽やかで……って、それ全部、女子の会話で知った情報だし。俺が知りたいわけじゃないし。
「……何の用」
低く抑えた声で返す。できるだけ関わりたくない。きっと、何かの罰ゲームとか、悪ノリだ。俺の見た目は笑いのネタにうってつけだろう。
「いや、ただの興味本位。お前、全然しゃべんないからさ。ちょっと気になった」
「……気にしなくていい」
「まあまあ。てかさ——」
一ノ瀬は、俺の机の上に目を落とした。開いていた文庫本のタイトルを見て、口角を上げる。
「“恋愛できない男たちの考察”? うわ、これ、地味に話題になってるやつじゃん。読んでるんだ?」
「……別に。面白そうだっただけ」
本当は、胸に突き刺さる一節があって、そこのページを読み返してた。
“人は、自分が愛される価値がないと思う限り、恋に踏み出せない”。——まさに俺のことだ。
だが、一ノ瀬はそんな俺の内面などお構いなしに、軽く笑った。
「ふーん。お前、実は恋愛興味あんの?」
「ない。ないから放っといてくれ」
「嘘くさ。……でもまあ、俺は嫌いじゃないよ、そういうの」
その言い方がなんか癇に障った。バカにされてる気がした。でも、そのくせ妙にドキッともした。
やばい。この距離感、苦手だ。
こいつ、明らかに俺みたいな人種と違う。近づいてはいけない人間。
だから——
「俺と話しても、つまんないよ」
「うん、わかってる。……でも、それがいいんじゃん?」
何だそれ。意味がわからない。けど、その目が、からかい混じりで、どこか鋭かった。
まるで、全部見透かされてるような気がした。