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専属回復係



 ラティアは食堂に案内された。

 気が遠くなりそうなほどの長方形の長テーブルの端に、ラティアは座る。

 背後に控えている男が、椅子をひいてくれる。

 金の髪をオールバックに撫でつけた、常に笑っているような顔立ちの細い目の男だ。

 燕尾服に、白い手袋をはめている。古めかしい時代の執事のような姿をしている。


 ラティアの前に、侍女たちが次々と皿を運んでくる。

 薄くスライスしたローストされた肉や、バターの乗った柔らかそうなパンケーキ、真っ赤なロブスターや三段重ねのケーキなど、とても一人用とは思えない量の食事が並んだ。


 ラティアが戸惑い困り果てていると、音もたてずにアレクシスがやってくる。

 長テーブルには燭台や薔薇の花などが並んでいる。ラティアの座る場所の正面に、立派な椅子がある。

 いつもそこがアレクシスの定位置なのだろう。


 会話をするには遠すぎる場所である。アレクシスは少し考えるようにして、ラティアのすぐ傍、斜向かいの椅子に座った。


 侍女たちや執事が、壁際に控える。

 ラティアは猫を前にした鼠のように小刻みに震えながら、体を緊張させた。

 アレクシスが怖いわけではない。ただ単に、慣れない環境に緊張していた。


「ラティア。食え」

「で、でも……」

「なるほど、食いかたがわからんのか。お前はいい扱いを受けていない、どこかの家の使用人だろう。恥じることはない。教えられていないことは、誰にもわからんものだ」


 アレクシスは一人で納得したようにそう言って、ロブスターを両手に持つとバキッと割った。

 ぷりぷりの身が現れる。それを長い指でむしると、ラティアの口の中に突っ込んだ。


「ふぐ……っ!?」

「ロブスターは手で食うのが一番美味い。遠慮せずに食え。お前の不調は魔力の不足。それは私もよく知った症状だ。回復には栄養が必要になる。早急に体に栄養を補給しなくてはならん」

「ん、ん……っ」

「美味いか、ラティア」


 拒否も遠慮もする暇もなく、次々と口にロブスターがいれられる。

 ラティアはひたすら咀嚼して飲み込んだ。アレクシスの言う通り、食べるほどに体の疲れが癒えていく。

 すっかりロブスターをラティアに食べさせ終えると、アレクシスはフィンガーボウルで指を洗ってナプキンで拭いた。

 何をしていても優雅な所作は、流石公爵閣下という様子だった。


「次は何を食いたい?」

「自分で、食べます……」

「無理に口に押し込まなくては、いつまでも遠慮をして食わんだろう」

「遠慮を、やめます……ありがたく、いただきます」


 ラティアは腹をくくった。今すぐここから帰らなくてはと考えていたが、食事を終えないと帰ることはできないようだ。

 ラティアは母に教わった食前の祈りを捧げる。


「女神リーニエ様、そしてヴァルドール閣下、今日の食事に感謝をいたします」


 祈りを捧げたあと、ナイフとフォークを手にした。

 マナーも、母に習っている。こうしてまともに食事をするのは久々だが、それを思い出しながら切った肉を口に運ぶ。


「おいしい……」


 じわっと涙が滲んだ。ロブスターを口に入れられた時にはじっくり味わうどころではなかったが、どれもこれも、美味しい。


「それはよかった。お前は、リーニエ信徒か?」

「母が……リーニエ大神官家の出でした。私は信徒ではありませんが、祈りの言葉は母に教わりました」

「大神官家というと、セシリオ家の?」

「はい」

「……待て。意味がわからん。つまり巫女だろう。巫女の娘が何故、使用人をしている」


 ラティアはアレクシスに話すべきかどうか迷った。

 自分の話など、したことがない。何から話せばいいのかもわからない。

 アレクシスは黙ったままじっとラティアを見つめている。

 ラティアが話し始めるのを、待っていてくれているらしかった。


「私、私は、フィオーレ伯爵家の娘です。母は、シャルリア。私が十歳の時に、病気で亡くなりました」

「……シャルリア。長く、祝祭の巫女をしていた女性だな」

「ご存じですか?」

「幼い時に会ったことがある。といっても、言葉を交わしたわけではない。遠目に見ただけだ。巫女は下界と交わらないという決まりがある」


 アレクシスの元にグラスが置かれる。その中に赤葡萄酒がそそがれた。

 まるで血のようだ。血を補充しているように、アレクシスは葡萄酒に口をつける。


「そうなのですね。私は、よく知りません。母が亡くなった後、義母がやってきました」

「疎まれているのか。それで、使用人のような扱いを?」

「……はい。情けない、話です。こんな話をしてしまい、もうしわけありません」

「尋ねたのは私だ。……お前には特別な力があるのだろう。それなのに、重宝するどころか使用人として扱っているのか? フィオーレ伯爵とは何を考えているのか。理解に苦しむ」

「私の力、触癒と、いいます。触れると魔力を回復することができるものです。ですが、母は私に力を隠せといいました。誰にも言ってはいけないと」


 アレクシスは眉を寄せて、それから軽く首を傾げる。


「……ずっと隠していたのか?」

「はい」

「なぜ、私に使った」

「あの時、私は魔竜に襲われそうになっていました。閣下が私を助けてくださったのです。ですから、私もあなたを助けなくてはいけないと思いました。だから、力を使おうと」

「あの場で私に……あのようなことをするとは、首を落とされても文句は言えないような行為だった」

「理解しています。それでもいいと、考えました」


 アレクシスは深い溜息をついた。

 それから、ラティアの心の内を探るように、ラティアの瞳を真っ直ぐに見る。

 ラティアはその瞳を見返した。真っ赤な瞳が、まるで夕日のようで綺麗だと思った。


「ラティア。私の専属回復係になれ。家には帰らなくていい」

「え……」

「私には、お前が必要だ。そしてお前にも私が必要だ。お前を家に帰すことはできない。お前の母が、お前に力を隠せと言った理由が、私にはわかる」

「……私には、わかりません。私を守るためだと、母は言いました」

「……色々と、教える必要がありそうだな。ラティア、返事は? 拒否権はお前にはない。だが、返事をきかせろ」


 ラティアは何度か目をしばたかせた。

 つまり、アレクシスの魔力を回復するために、これからも触癒の力を使えという意味だろう。


 それならば、拒否する理由はない。

 彼はラティアの命を救ってくれた人だ。


「閣下のために、働かせてください。私はあなたに、恩返しをしたく思います」

「……あぁ。フィオーレ伯爵には、私から伝えておく。家の者たちは信用していい。だが、力は隠しておけ、ラティア。私以外には使用するな」

「はい。約束します。約束は、守ります」


 ラティアは頷いた。

 こうして誰かと約束をするのは二度目だとラティアは思い、微笑んだ。

 アレクシスはラティアから視線を逸らして、一息に葡萄酒を飲み干した。




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