魔熱と触癒
ルクエの言葉を心の中でラティアは反芻した。
魔力が乱れて熱が出るのならば──それは、ラティアの持つ力で癒せるということだろう。
だが──。
「……ロザリアさんには魔力がありますか?」
ラティアはアリーチェに尋ねた。ルクエは嘘をついたりはしていないだろう。
魔力が乱れているとしたら、ロザリアには魔力があるはずだ。それを確かめたかった。
「え……ええ、あるわ。あの子は、マルドゥーク家の力を持っている。雷の魔法が使えるわ」
「なんと! ロザリアは素晴らしいな……! マルドゥーク家の跡継ぎとしての資質がある」
「ジルバ殿、静かにと言ったはずだ」
騒ぐジルバをアレクシスが睨みつける。それからラティアの耳元に唇を寄せた。
「ラティア、どういうことだ?」
「旦那様、実は……」
ラティアは声を潜める。アレクシスが身をかがめてくれるので、その耳元で囁いた。
「ルクエが、それは魔熱だと言っています。魔竜の魔力にあてられて、体内の魔力が乱れているそうです。それで、熱が……私なら癒やせます」
「駄目だ」
にべもなく、アレクシスが否定する。
ラティアの力は隠すように言われている。だが王都には魔熱が流行っているという。
強力な魔法が使えるのは一部の貴族だけ──とはいうものの、民衆の中にも魔力持ちは存在している。
魔力を持っていれば、魔熱にかかるのだろう。だから、奇病で熱を出す者が何人もいるのだ。
『それではロザリアは死ぬよ。他の人間たちもね。魔熱に治療法はない。あれは確か二百年ほど前かな。三人目の触癒の巫女が生きた時代、魔竜が大量発生したんだ。それで、王都に魔熱がはやった。多くの人が死んだよ。今よりも魔力を持っている者が多かったから。巫女はたくさん癒やしたけれど……一人の力では足りなかった』
ルクエが淡々と言う。ただ事実を口にしているという口ぶりだ。
だがその言葉の奥底には、悲しみが滲んでいる。
『僕の巫女は……それで、力を失ったんだ。毎日とても疲れていて、僕を撫でる手にどんどん力がなくなっていって。多くの人間を救う代わりに、命を削ってしまった』
ラティアは唇を軽く噛んだ。それはアレクシスには伝えるべきではないだろうと考えて、何も言わなかった。
そんなことを伝えたらアレクシスは今以上に力は使うなとラティアに命じるだろう。
それでも──ラティアは、救える命があれば救いたいと思うのだ。
たとえそれが、アレクシスに隠し事をすることになってしまったとしても。
『だから……僕には、わからない、けれど。ラティアはそれをしなくていい』
「……私は、ロザリアさんを助けたい、です」
ルクエが何かを訴えかけるように、ラティアをじっと見つめている。
ラティアは目を伏せて、それから決意をするようにそう口にした。
「旦那様、お願いします」
「駄目だ。……ラティア、それは許可できない」
「私の力を使わなければ、ロザリアさんは助かりません。ルクエがそう言っています」
「……許可しない。この話は終わりだ」
「旦那様!」
ラティアはアレクシスの腕を掴み、大きな声を出した。
アレクシスに歯向かうようなことをしてしまったことを悔いて眉を寄せたが、それでも、と、挑むようにまっすぐに彼を見据える。
「旦那様が駄目とおっしゃっても、私は、ロザリアさんを救います」
「ラティア」
「あなたに恩を返したいです。あなたのいうことに全て従いたいです。本当は。でも……私は、私ができることをしたいのです」
口論をしはじめたラティアとアレクシスを見て、ジルバとアリーチェは顔を見合わせる。
どうしたのかと伺うように見てくる彼らにラティアは向き直った。
ラティアが口を開く前に、アレクシスが先を越して言う。
「……ロザリアのところに連れて行ってくれるか。彼女の病を、ラティアは癒やすことができる。だがこのことは内密にして欲しい。ラティアを守るためだ」
「どういうことだ?」
「それはいったい、どういう……」
「ラティアには、リーニエの巫女の力がある」
アレクシスが他に誰もいないか周囲を確認した後に、密やかな声で言う。
ジルバとアリーチェは驚いたように俄かに目を見開いた。
何かを尋ねようとしてくるジルバを、余計なことを言うなとでもいうようにアリーチェは睨む。
それから「わかりました。私の家に、来てください」と短く言った。




