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ラティア、もてなしを受ける



 動くことのできないラティアを、アレクシスはあの時ラティアを救った槍と同じ色の鮮やかな赤い瞳で見おろした。

 肩の下まで流れる艶やかなほつれ毛一つない黒髪。黒く真っすぐで意志の強そうな眉に、高い鼻梁。白磁のような透き通る白い肌、薄い唇。まるで、精巧な彫刻のように整った顔立ちの男だ。

 白いシャツに黒いベルベットのガウンをゆったりと羽織っている。

 どれもが一目で高価だとわかる衣服を着ているが、そんなことは感じさせないぐらいに彼によく似合っている。


 この美しい邸宅の主に相応しい佇まいの彼を前にすると、ラティアは自分が『使用人の鼠』だと強く感じた。


「……何故、床で?」


 一瞬、何を言われているのかわからなかった。

 それは静かな夜に遠くの空に響く雷鳴のように、迫力と深みのある声だ。


 ラティアはなんとか体を起こす。だが、やはり頭がぐらぐらして、起きていられない。

 再び倒れそうになったラティアを、アレクシスは何も言わずに抱きあげた。


「あ……だ、だめ、です……」

「大人しくしていろ」


 両足が浮き、力強い男の体がすぐ傍にある。僅かに香る茉莉花に似た花の香りに、ラティアはいたたまれない気持ちになった。

 ラティアは、薄汚れている。髪も顔も、体も。


「ベッドは、いけません……」

「……何もしない。私を飢えた獣とでも思っているのか?」

「けもの……? 獣は、私です。私は、鼠、です。ですからベッドが汚れて……」


 アレクシスは訝しげに眉を寄せた。

 そしてベッドにラティアの体を降ろした。清潔でパリッとしたシーツと、ふかふかのマットが体を包む。ラティアはまるで雲の上にいるようだと感じた。


「ネズミというのが、お前の名か」

「い、いえ、そうではなく……公爵閣下、私、大変な無礼を働きました。私のような不浄の者が、あなたに触れてしまうなど……」

「私はお前を不浄などと思っていない。汚れたら洗えばいい。それだけのことだ。目覚めたかどうか見に来たが、体調がまだすぐれないのか?」

「……私、は」


 ぐぅ、と。間抜けな音がした。

 ラティアは両手で腹をおさえる。元々飢えていたのだ。触癒を使用したことで、腹と背中がくっつきそうになっている。

 あまりの情けなさと恥ずかしさに、ラティアは俯いた。


「腹が減っているのか」

「い、いえ……」

「すぐに支度をさせる。待っていろ。それから、名を教えろ。ネズミと呼ぶわけにもいかんだろうしな」

「……ラティア、です」

「そうか。ラティア。私はアレクシス・ヴァルドールだ。アレクシスと呼ぶといい」


 そう言って、アレクシスは部屋から出ていこうとした。

 それからふと扉の前で足を止めて振り向くと「もう床で寝るなよ、ラティア」と言った。

 ラティアはアレクシスの背を、呆然と眺めていた。


 ややあって、侍女たち思しき女性たちが数名、ラティアの元にやってきた。

 彼女たちは「閣下のご命令です」とラティアに恭しく礼をした。ラティアの目の前にグラスに入った白乳色の液体がさしだされる。


「栄養補給に最適なマルクヤギのミルクと各種薬草を煮出して冷やしたものです。少し飲めそうですか?」

「私に……? もうしわけないです、そんな……」

「遠慮なさらず。閣下の命の恩人と、お聞きしています」

「それは、私のほうで……」


 ラティアはさしだされたグラスを手にして、恐縮しながらも一口飲んだ。

 優しい甘みとスパイシーな味わいが口に広がり、喉を流れ落ちていく。

 激しい渇きも飢えも静まり、指先に力がこもる。

 眩暈がおさまり、ラティアはほっと息をついた。


「お加減はいかがですか?」

「大丈夫です。ご迷惑をおかけしました。もう、帰らないと」

「閣下の命令です。今からお身体を綺麗にさせていただきます」

「え……」

「申し訳ありません、ヴァルドール家では閣下の命令は絶対ですから」


 ラティアは侍女たちによって浴室に連れて行かれる。

 隅々まで綺麗にされたあと、体を丁寧にふかれて、ドレスに着替えさせられる。

 ラティアは目を白黒させながら、まるで軍隊のように統率された手早い侍女たちのなすがままになっていた。


 たっぷりと布が使われている、ふわりとしたシフォンのドレスの上から、羊毛のショールがかけられる。

 髪はよくとかされて、ほつれ毛などはすっきりと切ってととのえられた。


「まぁ、可愛らしい!」

「美しい銀の髪ですね」

「青い瞳も宝石のよう」

「どなたかに似ています」

「女神リーニエ様によく似ています」


 美しく清潔になったラティアを見て、侍女たちは口々に言った。

 ラティアはひたすらに困り果てて、それでもなんとか「ありがとうございます」と礼だけは言った。


 挨拶とお礼は大事だと、母が言っていたことをひさびさに思い出していた。

 

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