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鮮血の公爵閣下の深愛は触癒の乙女にのみ捧げられる~虐げられた令嬢は魔力回復係になりました~  作者: 束原ミヤコ


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王立学園の下働き



 ◆


 しばらくの間アレクシスと共に待っていると、校舎の中から地味な服装をしているもののそれでも損なわれない気品のある貴婦人がラティアたちの元にやってくる。

 それは確かに、魔竜の襲撃の時にラティアに娘を助けてくれたと礼を言った、あの時の女性だった。


「あなたは……! あの時は本当にお世話になりました。会いに来てくださったのですね……! まさかヴァルドール閣下の……ええと、その、お二人の関係は、恋人、でしょうか」

「侍女です」

「……侍女だ」


 ラティアの前で足を止めると、アリーチェは恭しく礼をしてくれる。

 それからラティアの隣のアレクシスとラティアの顔を交互に見て、戸惑ったように眉を寄せた。

 ラティアとアレクシスの説明に大きく目を見開いて「侍女……」と、呟いた。


「ヴァルドール閣下は侍女を大切に扱ってくださるのですね。このようなところにまで同行なさるなんて」

「ラティアには私から離れるなと命じている故な」

「旦那様にはとてもよくしていただいております」


 アリーチェは口元に手を当てると、「まぁ」と言って、優しく微笑んだ。

 慈愛に満ちた微笑みは、ラティアに在りし日の母の姿を連想させた。

 母も同じような笑顔を浮かべていたことを懐かしく思う。


「……あの、あなたはアリーチェ・マルドゥーク様でいらっしゃいますよね」

「ええ、はい。あなたの名前をお聞きしていませんでした。あなたは……」

「私は、ラティアともうします」

「ラティア様でいらっしゃいますね。お礼の約束をしました。娘を助けていただいて……ほんの少ししかありませんが、謝礼金をお渡しさせていただきたいです」


 ラティアは慌てて首を振った。彼女に礼をされるためにここに来たわけではないのだ。

 あまり目立つのはよくないと、ラティアはアリーチェを花の咲き乱れる植物園のような庭園に連れて行った。

 ジルバはそこに隠れていると言っていた。『学園の庭園は広すぎてよい隠れ場になる』という。


『よく逢引にも使われている場所だな』

『あいびき?』

『あぁ。意中の女を連れ込むのだ。アレクシスにも経験があるだろう』

『ない』

『旦那様は、あいびき、なさらないのですか?』

『……しない』


 旦那様は女性から好かれそうなのにとラティアが呟くと、ジルバが何故か紅茶を噴き出した。

 アレクシスは深く寄った眉間の皺を、指で押さえていた。

 そんなやりとりを思い出しながら、ラティアはきょろきょろと庭園を見渡す。

 薔薇の生垣はラティアの身長よりも背が高い。庭園の中は入り組んでおり、まるで迷路だ。

 アレクシスはラティアとアリーチェを、庭園の奥へと連れて行く。

 そこには薔薇の蔓に覆われたガゼボがある。「昔よく、ここで一人で過ごしていた」とアレクシスは言う。

 アリーチェも「私も一人になりたいときは庭園によく来ました」と、同意をした。

 三人で、ガゼボの中の白い長椅子に座る。薔薇の香りが濃く漂っている。

 人の気配はしない。隠れているはずのジルバも、どこにいるのかはわからなかった。

 ガゼボは狭い。ラティアはアレクシスの隣に促されて座ったが、肩や足がどうしても触れ合ってしまう。

 できるだけアレクシスの邪魔にならないように、ラティアは身を小さくした。


「私はマルドゥーク伯爵家の長女ではありますが、今は学園の下働きをしています。身分などはあってないようなものです。ですから、ほんの少ししかお渡しできませんが、感謝の気持ちだと思って謝礼金を受け取っていただけますか?」


 座るとすぐにそんなことをアリーチェがきりだしてくるので、ラティアはとんでもないと、両手を振った。


「そのような理由で、会いに来たわけではないのです。お受け取りはできません。お礼をしていただけるとおっしゃるのでしたら、私の話を少しだけ、聞いていただけますか?」

「話ですか……話とは何でしょうか。ヴァルドール閣下は、まさか私を連れ戻しに来たのですか? 父がケンリッドを攻めて、ヴァルドール閣下が父を討伐した話は私の耳にも届いております。ご迷惑をおかけしました。ですが、私はケンリッドの元には帰るつもりはありません。ロザリアも、渡しません」

「そうではない。ケンリッドとは言葉を交わしたが、あれは胡乱な男だ。あのような男の元に帰る必要はない。私は他者の家庭の事情になど興味はない。口をはさむ気も首を突っ込む気もない」

「閣下は……暁の災厄と聞き及んでおりますが、お優しいのですね」

「はい、旦那様はとても優しい方です」


 アリーチェの評価が嬉しく、ラティアはにっこりと微笑んだ。

 それから、ジルバのことをどう説明しようかと悩み、しばらく逡巡したあとに口を開いた。


「……実は、ジルバ様がアリーチェ様のことをとても心配なさっていて。旦那様の元にいらっしゃったのです」

「父が……」

「はい。今までのことを詫びたいと、おっしゃっています。アリーチェ様やロザリア様のことを想っていらっしゃいます。もしアリーチェ様たちが困っているのなら、助けたいと望んでいるようです。私はあなたの居場所を知っていました。ですから、先にアリーチェ様にお会いして、事情をお話したいと思いました」

「今更……」


 今までは穏やかだったアリーチェの表情がゆがむ。

 彼女の瞳は、怒りと憎しみに暗く沈んでいた。


 

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