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鮮血の公爵閣下の深愛は触癒の乙女にのみ捧げられる~虐げられた令嬢は魔力回復係になりました~  作者: 束原ミヤコ


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エストの憤り



 ◆


 魔竜に襲われて、腹違いの姉が死んだ。

 大嫌いな、女だった。

 だからあの嫌な女にふさわしい間抜けな最期だ。誰にも守られず、一人寂しく魔竜に食われたのだ。


「あはは! おっかしい! きっと泣き叫んでいたに違いないわ、頭からぱっくり食べられてしまったのよ。ふふ、あはは、痛かったでしょうね、さぞ痛かったでしょう。肉と骨が砕けて、人の形さえ残らないで食われてしまうというのは……!」

「そうね、エスト。うふふ、これでもうあの女は私の前に現れないわ。シャルリアも、シャルリアによく似たラティアも……!」


 王都のタウンハウスで、エストはケーキスタンドに並んだカラフルなマカロンを指でつまみ口に入れる。

 マデリーンも優雅にカウチソファに寝そべって、昼間から開けたシャンパンを口にしていた。

 伯爵家から王都のタウンハウスに向かっている最中に、魔竜の大群に襲われた。

 必死になって逃げ惑いタウンハウスに辿り着いた時、ラティアがいなくなっていたのだ。

 きっと魔竜に食われたのだろうと、レイモンドは言う。無残な死体を見ることができないのが惜しかったが、ラティアが死んだことは純粋な喜びをエストの胸に湧きあがらせた。


 ラティアはレイモンドとシャルリアという元祭祀の巫女との間にできた子だ。

 シャルリアとラティアがいるせいで、エストは長らく日陰の身だった。

 伯爵家では暮らせず別邸に住み続け、マデリーンに連れられて貴族の茶会に参加をすると、同年代の子供たちに「巫女様を裏切った女の子」「女神リーニエ様の天罰がくだるとお母様が言っているわ」と責められた。

 エストはよく夢に見たものである。顔も知らない恐ろしい女神がエストに怒り、罰をくだす夢を。

 といっても、幼いエストには具体的な天罰など想像できなかった。

 そのためそれは大抵は黒い靄のようなものや、恐ろしい化け物に追いかけられる夢である。


「……人が死んでいるんだ。不謹慎だろう」


 いつもは何も言わないトリスタンが、きつく眉根を寄せてぽつりと言った。


「あら、トリスタン。ラティアが死んで嬉しくないの? あいつが生きていたら、伯爵家を奪われていたかもしれないのよ。正当な後継者だと神官家が口をはさんできたら、それに従うしかなくなるもの」

「……どうでもいい」


 トリスタンは不愉快そうに言って、部屋から出て行った。

 昔からあまり話さない弟である。率先してラティアを虐めるようなことはないが、助けることもない。

 だからエストと同じように彼もラティアを嫌っていると思っていたのに、死んだとなるとまた違うのだろうかと、エストはマカロンをぱくつきながら首を傾げた。


 遺体も、遺留品もない。エストの生活からそっくりラティアという存在は消えてしまった。

 目の上の瘤のような存在がいなくなると、酷く清々した。

 もとより、ラティアはデビュタントさえしていない。彼女の存在は社交界では長らくいないものとされていた。誰かに何かを聞かれれば、ラティアは体が弱くて外に出られないと答えていた。

 セシリオ神官家からは何かを言われるようなことはなかった。

 力を失った巫女には利用価値がない。不要だと捨てられたようなものだと、レイモンドはシャルリアについて言っていた。

 何の価値もない年増を押し付けられたのだというレイモンドの言葉を、マデリーンは何度もエストに言い聞かせていたので、エストもそのように考えていた。


 セシリオ家には今は、巫女はいない。シャルリアの兄である神官長と妻の間には子が三人いるが、二人は男、一人は女で、誰も巫女の力を持たないのだという。

 セシリオ家の息子たちはエストと年齢が近く、王立学園に共に通っている。

 だが彼らがラティアについて尋ねてきたことは一度もない。


 シャルリアは不要の塵であり、その娘ラティアも役立たずの鼠だ。

 彼らが気にする必要のない存在である。

 そう思っていたというのに──。


「どういうことですか、お父様! ラティアお姉様が生きている!? 魔竜に食われて死んだはずではないですか!」

「そうよ、どうなっているのよ、あなた! どうしてヴァルドール閣下がラティアなんかを! 血のヴァルドールと言えば恐ろしい暁の災厄として有名人よ、地位も名誉もお金もある家だわ! 妻に迎え入れるのなら、ラティアよりもよほどエストのほうが相応しいでしょう!」


 ラティアがいなくなってすぐに、ヴァルドール家から使者がきたのである。

 菓子を食べ紅茶を飲み、ラティアの死を喜んでいたすが清々しい気持ちは台無しになった。

 丘の上で眼下に広がる美しい街を見下ろしていたら、誰かに背中を押されて崖下に突き落とされたようだ。

 こんなにひどいことはないと叫ぶエストと、そしてマデリーンを、トリスタンが呆れたように眺めて嘆息をした。


「ラティアが生きていたことを、喜ばないのか」

「どうして喜ぶ必要があるの?」

 

 わけがわからないと、エストは首を傾げる。

 ラティアが生きていて残念だと思いこそすれ、喜ぶ理由などありはしない。


「あなた、どうしてヴァルドール家からお金を受け取ってしまったの!? ラティアをあの家に売るなんて、私は認めないわ。あの子は、この家の子よ、私の子なのよ!」

「そうよ、お父様! 人をお金で売るなんて間違っているわ。お姉様が可哀想! 連れ戻して!」


 レイモンドに何度か詰め寄ったが、レイモンドは「相手はあのアレクシス・ヴァルドールだぞ」と言って、青ざめて震えてばかりだ。

 伯爵家は格下の家である。

 なんせ、ヴァルドール家は王国の建国時から存在している十二貴族のうちの一つ。

 フィオーレ伯爵家など、足元にもおよばない。


 きっとラティアは、アレクシスが権力者だと知って頼ったに違いない。

 今頃は伯爵家を小馬鹿にして、自分のほうが上だと笑っているのだ。

  

 それを想像しただけで、エストは腸が煮えくり返るようだった。

 もしアレクシスとラティアが結婚でもしようものなら、エストの立場は、失われてしまう。

 かつて幼いころにそうだったように、社交界の貴族たちはエストを下に見て馬鹿にするに決まっている。

 ラティアに劣る女だと言われて、誰にも相手をしてもらえなくなってしまうだろう。


 王立学園の新学期がはじまっても、エストの心は沈んだままだった。

 今頃ラティアは何をしているのだろう、どんな服を着て、どんなものを食べて、どんなふうにアレクシスに愛されているのだろう。


 鼠の、分際で。


 そればかりを考えて、苛々と爪を噛んだ。

 そんなある日の昼下がりである。


 裏庭に向かうエストの目に、校舎の一角にたたずむ見目麗しい貴公子と、その隣にちょこんと立っている鼠の姿が飛び込んできた。

 鼠は──鼠のくせに、上質な服を着て、そして、美しい男に何やら話しかけられて、恥ずかしそうに微笑んでいた。




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