カーニヴァルアロハ男
裏庭の不審者を、ラティアはまじまじと見つめた。
半ズボンからは、すね毛の生えた太い足が見えている。腕も太い。剛毛だ。逞しい上半身は、派手な花柄のシャツで包まれており、筋骨隆々の胸板でボタンが引っ張られていて、いかにも窮屈そうである。
カーニヴァルの仮面を、ラティアは見たことがある。
年に一度王都で行われる祭りで、それは伯爵家の者たちも財力を誇示するために参加をした。
仮面や衣装を用意するのはラティアの役目だったのだ。
もちろん、その仮面は普段使いはしない。カーニヴァルの時は華やかに感じるが、普段使いをされるとこうも怪しくなるのかと、ラティアは思わず笑ってしまいそうになって、口元を引き締めた。
不審者──ジルバは真剣なのだ。真剣に変装をしている。
確かに強面の将軍ジルバには見えない。ただの不審な男である。
「……ジルバ殿。ふざけているのか?」
「だ、旦那様……!」
あまりにも直球なアレクシスの物言いに、ラティアは思わず彼の袖を引いた。
「どうした、ラティア。あぁ、怖いのだな。私がお前を守る。私の後ろに隠れていろ」
「そういうわけでは……」
アレクシスがラティアを片腕で庇ってくれる。ラティアはふるふると首を振った。
怖くはない。ジルバは真剣なのだから、その心を汲んだほうがいいと思っただけだ。
「待っていたぞ、アレクシス。この通り、誰にも気づかれないように変装をした。部下たちにも、とても誰だかわからないと褒められた。そろそろ到着するころだろうと思ってな、こうして来てみたわけだ」
「あぁ……まぁ、いい。あまり騒ぐな、さっさと中に入れ」
「遠慮なく入らせてもらおう」
仮面の不審者を、アレクシスは家の中に入れる。
使用人たちがぎょっとした顔でジルバを見ている。だがアレクシスに「彼は私の知り合いだ」と言われて、慌てたように去っていった。
応接間にジルバを通すと、使用人が紅茶や菓子をテーブルに手際よく準備していく。
アレクシスに命じられて、いつもは傍に控えている彼らは部屋から出て行った。
「ラティア、王都の菓子だ。食え」
アレクシスに言われて彼の隣にラティアは座る。ソファに体が沈み込み、足が浮きそうになる。
そんなラティアの体をアレクシスが支えて、ついでのように口の中に菓子を突っ込まれる。
「旦那様、これはとても甘い、です」
「そうか、よかったな。チョコレートワッフルというらしい。よく食え」
「は、はい、ありがとうございます」
むぐむぐワッフルを口にするラティアを、アレクシスはしばらく眺めていた。
そして、部屋に人がいないことを確認して仮面を外したジルバを、冷たい瞳で睨みつけた。
「変装とは、目立つためにするものではない」
「わかっておらんな、アレクシス。目立たない変装とは、かえって目立つものだ。俺は風船を売りながらここまで来た。どうみても風船売りの道化の爺に見えるだろう」
「…………ところで貴殿は、私をいつから名で呼ぶようになった」
「親しみを込めたつもりだ。男とは一度拳を交えれば戦友になるだろう、アレクシス」
「知らん」
「そういうものだ、覚えておくがいい。ところでこの数日の旅で、ラティア殿ととても親しくなったようだな。挙式はいつだ?」
「ジルバ様、私はアレクシス様の侍女です」
「…………侍女だ」
ジルバは眉間に皺を寄せるアレクシスを眺めて、くつくつと笑った。
それから、居住まいを正して、真剣な瞳でラティアを見つめる。
「どうも、よくない噂を聞いた」
「よくない、噂ですか……?」
「魔竜の襲撃の後に、王都に奇病が流行っているらしい。高熱を出して、苦しむ者が増えているのだとか」
「魔竜の出現は今にはじまったことではない。関連性はないだろう」
アレクシスの言葉に、ジルバは頷く。
それは魔竜が奇病を運んだわけではないという意味だろう。ただ、時期が重なっただけと、ラティアは心の中で呟いた。
「アリーチェたちが心配でな。ラティア殿、長旅で疲れているだろうが、早々にアリーチェの無事を確認してはくれまいか」
「はい、わかりました。疲れていません、大丈夫です。旦那様にはとてもよくしていただいて、幸せな、旅でした」
「……おぉ、それはよかったな、アレクシス」
「言っておくが、お前の想像するようなことはなにもない」
ジルバは腕を組んで「それはそれでどうなのだ」と、首を捻った。




