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ラティアの提案



 それで、と。

 ジルバの懺悔を聞き終わったアレクシスは、同情するでもなく憤るでもなく、淡々とした声音で言う。


「貴公はこれからどうするつもりだ。貴公の娘は、貴公を嫌っているだろう」

「……あぁ。アリーチェは、俺の顔も見たくないだろう。だが俺は、今までの謝罪をしたい。アリーチェを不幸にしてしまったのは俺だ。ロザリアにも、もうしわけないことをしたと思っている」

「家に連れ戻すのか? 継母や義弟や義妹がいる家に」

「それは、わからん。……どうしたらいいのか。だがまずは顔が見たい。無事だということを確かめたい」


 それは確実にないことだろうが、ラティアはもし自分の父が謝罪をしたいと言ってきたらどう思うだろうかと考えていた。

 果たして私は許すのだろうか。

 それともやはり、顔も見たくないと思うのだろうか。


「アリーチェを長く邪険にしてきたという妻には金を渡し、家から出した。息子や娘がアリーチェになにかをしようとしたら、きちんと叱りつけるつもりだ。……それでも足りんことは、わかってはいるが」

「アリーチェ様は、王都の学園で働いていらっしゃると言っていました。……まずは私が会います。それで、ジルバ様のことを話してみます」

「ラティアが?」


 訝しむように、アレクシスに名を呼ばれる。ラティアは頷いた。

 彼女はラティアを恩人と言った。だとしたらきっと会ってくれるだろう。

 ジルバが彼女の元に突然顔をだしたら、連れ戻されると警戒をして、逃げてしまうかもしれない。


「いいのか、ラティア殿。……貴殿はなぜそこまでしてくれるのだ」

「アリーチェ様と……私は少し、似ている気がしました。似ているというのはおこがましいのですが。私は旦那様に助けていただきました。でも、アリーチェ様はお一人で生きようと努力をなさっています。彼女の幸せを私は、望みます」


 それからふと気づいて、まじまじとアレクシスを見つめる。


「わ……私、旦那様から離れてはいけない、のでした」

「そうだな」

「もうしわけありません。勝手なことを、言いました」

「ヴァルドール領と王都はさほど離れていない。此度は馬車を連れての大勢での道行であるがゆえに時間がかかったが、馬を走らせれば数日とかからない。それがお前の望みなら、王都に同行しよう。お前を一人にはできない」

「ですが」

「私がそれでいいと言っている」

「……ありがとうございます、旦那様」


 花が咲くように、ラティアは口元をほころばせた。

 アレクシスもアリーチェの心配をしてくれているのだろう。赤の他人であるラティアを助け、こうして傍に置いてくれているぐらいなのだから。彼はとても、親切な人だ。


「そうか……すまんな。ありがとう、ラティア殿。そしてヴァルドール公。冷酷な紅の災厄だと、俺は貴殿について思っていた。だが違うのだな。ラティア殿という麗しの女神が、貴殿の心をとかしたのかもしれん」

「……ジルバ殿。娘が生きていると知った途端に饒舌だな。余計なことは言わなくていい」

「早々に、挙式をあげるがいい。……大切なものは己の手で守らなくては後悔するのだと、俺は思い知っている」


 ジルバに真剣な声音で言われて、アレクシスは「貴公に言われずともわかっている」と素っ気なく言葉を返した。


「そうだな、貴殿がラティア殿を侍女だというのならば、我が息子の嫁にぜひとも欲しいな。美しく心根の優しい女性だ。我が息子は、離縁をした妻とは違い誠実で立派な男に育った。アリーチェのことを俺と同じように心配している。ラティア殿、嫁いでこないか?」


 ジルバから唐突に婚姻の申し出をされて、ラティアは目を丸くする。

 アレクシスは剣呑な光を帯びた瞳で、ジルバを睨みつけた。


「……ジルバ殿。ラティアは私の侍女だ。渡すと思うか?」

「ただの侍女ならば問題ないだろう。雇用関係はいつでも解消できる」


 確かにそれはそうだがと、ラティアは思う。

 それからアレクシスの服をぎゅっと握った。アレクシスが何事かと、ラティアに視線を送る。


「私は、旦那様に救っていただきました。恩を返すことはまだできていません。私は、旦那様のお傍にいたいです」

「………………そうか」

「すまん。冗談だ。からかっただけだ」


 アレクシスは低い声でぽつりと言って頷き、ジルバは両手をあげて肩を竦めた。

 話が終わり、食事となった。豪華な料理に戸惑うラティアの皿に、あれやこれやとのせながら、アレクシスは「食え」と言った。


 困り果てているラティアの口に、ぐいぐいと柔らかい鶏肉を突っ込んでくる。

 口の端についたソースをナプキンで拭ってくれ、それからトマトのファルシや、エビのオーロラソースをフォークですくい入れられる。

 アレクシスはやや強引で、いつもよりも激しかった。だが不機嫌ではなく、どことなく嬉しそうだ。

 無表情で怜悧な美貌の奥に、隠しきれない喜悦が滲んでいる。

 何がどう彼の機嫌をよくさせたのかとラティアは疑問だったが、ただ小鳥のように口を開き与えられる食事をひたすらにもぐもぐした。 

 

 ジルバはそんなアレクシスとラティアの様子を見ながら、まるで祖父のように微笑ましそうに笑っていた。

  


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