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ヴァルドール公爵領への旅支度



 アレクシスに抱きあげられて、ラティアは館の中に連れ戻された。

 すれ違う兵士や使用人たちが、アレクシスに頭をさげる。アレクシスにとっては日常なのだろう、さして気にした様子もなかったが、ラティアは彼の腕の中でずっと恐縮をしていた。


 暖炉やゆったりとしたソファセット、絵画や彫刻などの置かれた部屋に入り、アレクシスはラティアをソファに降ろした。

 ふかふかのソファに体を埋めたラティアの隣に彼も座ると、長い足と腕を組んでラティアを睨むように見据える。


「ラティア、何故戻らない」

「仕事をさせていただこうと、思いまして。まだ慣れないことばかりでファリナさんに頼りきりですが、すぐに役にたつようになりますので」

「そういうことを咎めているのではない」


 朝食のあと食器を片付けると言ってラティアはアレクシスの元から離れた。

 その時は特に何も言われなかったのだが、何か問題があっただろうか。


「どこに行って何をするのかを告げるべきでしたでしょうか。もうしわけありません、そういう習慣がないものですから。私が声をかけても、伯爵家では皆不愉快そうにするばかりで……もちろんここは伯爵家ではないと理解しています。ですが、癖が抜けなくて」

「いいか、ラティア。よく聞け。何度も言わん」

「はい」

「掃除や洗濯はお前の仕事ではない。馬の世話も、だ。それは馬番の仕事だ」

「……旦那様、そうすると私にはできることがなにもなくなってしまいます」


 ラティアはしゅんとした。人生の大半を、伯爵家の下働きとして過ごしてきたのだ。

 それ以外に何をすればいいのかわからない。


「私の侍女は、私の身の回りの世話をするものだ。常に私の傍にいろ。私の指示に従っていればいい」

「ただ、ここにいるだけというのは……」

「ただここにいるだけでいい。用があったら伝える。それを私が許可している。それに、私が入用の時、お前の体調が優れなかったらなんの意味もない」

「……わかりました。でしたら、私がなにかしたいときは必ず旦那様の許可をいただくことにします。勝手なことをしてもうしわけありません」

「謝罪は求めていない。ラティア、出立をする前に着替えをしろ。ファリナに伝えておく。その姿では逆に目立つ」

「着替えなどは自分で……」

「お前は私の傍仕えだが、伯爵家の長女であり祭祀の巫女の娘。その立場は尊重され敬われるものだ。自覚を持て」


 叱られてしまい、ラティアは目を伏せる。

 アレクシスの言葉をラティアは理解できる。だがラティアは自分ができる精一杯を行いたい。

 それは──ラティアができること、たとえば掃除や洗濯などではないのかもしれない。


 ラティアは自分にはそれしかできないと考えていた。けれどアレクシスはそれはラティアの仕事ではないという。

 だとしたらもっと他に、やることがあるはずだ。それを探していかなくてはと、頭を切り替える。


「わかりました、旦那様。でも、私はやはりあなたの役に立ちたいのです。なんなりとお申し付けくださいね」

「では、勝手に私の視界からいなくなるな」

「はい。気をつけます。私に用事があるときに、私の居場所がわからないのはよくないことですよね」


 素直にラティアは反省をした。そんな会話を静かにラティアの膝の上で丸まって聞いていたルクエが、『ラティアがいないと寂しいという意味では?』と小さな声で言った。

 ルクエの声が聞こえていないアレクシスは「わかればいい」と頷いた。


「ところで先程から気になっていたが、犬がいるな」

「はい。ルクエです。私の魔力から生じるものだそうです。女神リーニエの御使いだそうです」

「……つまり、神獣ということか?」

「そうなのでしょうか」

『そうだよ』

「そうなのだそうです」


 ルクエが頷いたので、ラティアはその言葉をアレクシスに伝えた。

 アレクシスは額に手をあてて、深く息をつく。腹の中に溜まった苦悩を吐き出すような仕草だ。


「お前の母も同様に。祭祀の巫女の傍には女神リーニエの言葉を伝える神獣がいた。お前も同じだ、ラティア。なおさら……お前の力は隠さねばならんな。それは犬だ。犬ということにしておけ」

「はい。犬だと思うようにします」

『僕は犬ではない。……まぁ、いいか。犬でも』


 ルクエは納得したようだった。母にラティアの傍にいるなと言われて姿を消したり、犬だと言われて納得をしたり、ルクエには素直で純粋なところがある。

 アレクシスはルクエを撫でた。

 その大きな手がルクエの頭から背中を滑るのを見ていると、ラティアは自分が撫でられているような妙な気恥ずかしさを感じた。

 ファリナやルドガーが撫でた時は何も感じなかったのに。不思議だった。


 アレクシスが部屋から出て行きしばらくすると、入れ替わるようにファリナが侍女たちを連れてやってきた。


「閣下からラティア様の身支度をせよとのご命令です。ラティア様は閣下の特別な方。閣下の傍仕えの侍女であり閣下の心身の安寧を担う方です。それを私たちは理解していますので、ご安心を。さぁ、大人しくしていてくださいね」

「は、はい……」

「皆、ラティア様の旅支度をいたしましょう。閣下がラティア様をまともに見ることができないぐらいに、可愛らしくしますよ」

「はい」

「もちろんです、ファリナさん」

「まかせてください」


 着替えや化粧道具などを持って現れたファリナたちによって、ラティアは旅用のドレスに着替えさせてもらい、化粧をされて髪を整えられた。

 皆が口々に「可愛らしい」「可愛いです」と褒めてくれる。ルクエの頭もリボンで飾られ、首にもリボンがつけられる。ファリナはルクエを抱きあげて「可愛いわ、わんちゃん」とわしゃわしゃ撫でた。


「ありがとうございます、ファリナさん、皆さん。お手数をおかけしてしまい、もうしわけなく……」

「ラティア様、私たちははじめからラティア様を閣下の恩人だと考えています。閣下もラティア様を傍におくときちんと伝えてきましたので、今からそのように扱わせていただきます。慣れないことばかりで不安でしょうが、安心してください。心配も、お気づかいも不要ですよ。私たちはヴァルドール家に仕える者ですから」

「……はい、ありがとうございます」


 そもそも侍女などと言うからおかしなことになるのだとファリナは言った。

 それから、「そろそろ出立の時間です、ヴァルドール公爵領に帰りましょう。きっとラティア様も気に入りますよ」と優しくラティアの両手を握った。



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