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鮮血の公爵閣下の深愛は触癒の乙女にのみ捧げられる~虐げられた令嬢は魔力回復係になりました~  作者: 束原ミヤコ


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11/28

目覚めたら助けた美女が侍女になっている件


 ◆


 大抵の場合、アレクシスは眩暈とともに目覚める。

 血を触媒にするという性質上、魔力と体調の回復には時間がかかる。

 極力多く食事を摂り睡眠時間を確保するが、それもままならない時のほうが多い。

 

 巷ではアレクシスを『領民の血肉を喰らう』などという噂が流れていることもしっているが、動物の血肉でさえ体調の回復に付け焼刃程度の効果しかないのだ。

 人間の血肉など気色の悪いものを口にしてたまるかと、アレクシスはそんな噂に呆れていた。


 だが──今日は、非常に目覚めがいい。眩暈は消えて、ベッドに体が沈んでいくような倦怠感もない。

 扉が叩かれて「ファリナです」と声が聞こえても返事もしないことが多かったが、アレクシスは「入れ」と口にした。


「おはようございます、閣下」

「おはようございます、ヴァルドール閣下」


 いつものファリナの後に、もう一人の声がする。また新しい侍女かと、アレクシスはうんざりした。

 ファリナは定期的に新しい侍女をアレクシスの傍仕えにしようとする。

 それ自体は別に構わない。アレクシスは侍女にこだわりがあるわけではない。

 アレクシスが求めているものは、仕事を淡々と行うことができる人間だ。

 余計なことを言わずに朝の身支度を手伝い、必要事項を報告し、余分なことを話さないだけでいい。


 やかましい女の声が朝から響くだけで頭が痛くなる。

 だが、アレクシスの希望を満たす侍女というのはいない。皆、一様にうるさいのだ。

 何かやることはないか。傍にいてもいいか。などと聞いてくるぐらいならばいいが、ひどいときだとまるで妻にでもなったかのようにふるまうのである。


 それは『邪魔だ、失せろ』と言いたくなる。

 だから──またかと、扉から入ってくるファリナともう一人の女を睨んで、アレクシスは唖然とした。


「今日から閣下の傍仕えをさせていただきます、ラティアです。受けた御恩は恩返しいたしますので、なんなりとご命じください」

「……ラティア」

「はい」


 ファリナの隣で、ラティアは可憐に微笑んだ。侍女服を着た、愛らしい姿で。

 思わず名前を呼んだアレクシスを、彼女はどうしたのかと覗き込む。

 確かにアレクシスは『侍女』と言った。それはラティアをこの家に置くための大義名分としての侍女だ。

 本当に侍女をしろとは言っていない。言っていない、つもりだった。


「侍女になれとたしかに言ったが、本当に侍女の仕事をする必要はない。お前は何もするなと私は伝えたはずだが」

「そういうわけにはいきません。何もしないでただ居候をさせていただくなんて……私は、ヴァルドール家の侍女として働きます。それぐらいしかできませんが、お掃除もお裁縫も得意です。頑張りますので、働かせてください」


 ラティアは必死に言い募ってくる。

 その姿が可愛い──ではなくて。

 確かに侍女と言ったのはアレクシスだ。そして理由なく家にいろと言われたラティアが困る気持ちもわかる。

 しかしと言おうとしたアレクシスを遮り、ファリナがラティアを庇うように口をはさんだ。


「閣下の意向は理解しておりますが、ラティア様もこうおっしゃっています。そして閣下がラティア様をお傍に置くのでしたら、傍付きの侍女になっていただくのが一番自然な形かと存じます。そういうわけですから、まずは朝のお支度をさせていただきます」

「……あぁ」


 ファリナの言うことももっともだ。今後アレクシスはラティアを野営地や駐屯地にも同行させるつもりだった。有事の際にこそ、彼女の力はアレクシスにとっては必要なものだからだ。

 だが、理由なくそんなことをするわけにはいかない。

 彼女の触癒の力は秘密にする必要がある。とすると、傍仕えの侍女とするのが一番理由としてはいいのだろう。


「ファリナ、さがっていい。ラティアの力のおかげで、気分がいい。一人で問題ない。ラティアにも手伝わせる。お前は自分の仕事に戻れ」

「それでしたら、朝食の準備をいたします」

「部屋に運べ。ラティアの分もな」

「私は、食べなくても……もうしわけないです」

「私の侍女なのだろう。命令には従え」

「……はい」

 

 ファリナが出て行き、アレクシスはラティアと二人きりになった。

 ベッドサイドに座り深い溜息をつくアレクシスの傍に、ラティアは立っている。

 余計なことを言わずに、アレクシスからの命令を待っているようだ。


「ラティア。着替えをする」

「はい。準備はできてます。何か不備がありましたら、おっしゃってくださいね、ヴァルドール閣下」

「そのヴァルドール閣下というのをやめろ」

「……では、なんとお呼びしましょうか」

「好きにしろ。だが私は、ヴァルドールと呼ばれるのを好まない」


 しばらくラティアは黙り込んだ。

 どうしようかと考えている彼女を、アレクシスは眺める。

 ついその唇を目で追ってしまい、視線をそらした。


「旦那様と、およびいたしますね。伯爵家では、父のことを使用人たちはそう呼んでいましたので」

「……何故だ」

「どうされましたか、旦那様。何か問題がありましたでしょうか……?」


 アレクシス──と呼ばれると思っていたのだが、そうではなかったことに落胆をする。

 アレクシスはいささかがっかりしている自分が、不思議だった。

 

 


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