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こだわる  作者: 坂本梧朗
4/5

その4

 パプは民芸風のつくりで、 一行は座敷に上がり、鍋料理を注文した。「ああ、ぬくいなあ」と誰かが言った。 O氏はその言葉にすがるように反応した。そうだ、くつろきの時なのだ。ここで大いに飲み、自分を知ってもらい、楽しもう。O氏はそう思った。思った途端に、お前はそれができるのか、というように疑念が頭を覆ってきた。O氏は情けない気持ちで、自分の前に置かれてある割箸や取り皿を眺めた。誰かがO氏のグラスにビールを注いだ。気づかなかったO氏は「あ」と言って頭を下げた。まわりを見ると、少し離れた席の男の課員達が、相変らず賑やかに話している。O氏は一口ビールを飲んだ。酔ってしまいたい気持ちもあったが、それより何か飲まなければ胸苦しかった。「それでは再び乾杯!」と係長が言った。「乾杯する前に飲んでる人もいますよ」と若い男の課員がO氏の顔を見て笑った。O氏は「あ」と言うだけで、笑顔を返すことさえできなかった。


 いっそ杉山に年を聞こうかとO氏は思った。見た目は二十四、五だが、もっと若いのかも知れない。今が二十一、二であれば問題はないのだ。しかし女に年を聞くなんてことは失礼だろう。まわりも変にかんぐるかも知れない。そんなことを考えながらO氏の目はちらちらと杉山に注がれた。視線か合うのは恐かったが、どうしても目がいってしまう。O氏は苦しかった。

「Oさん、どうしました。何か沈んでますな」

 係長が声をかけてきた。皆もいぶかしそうにO氏の顔を見ている。O氏は恐縮した。

「いや、僕は楽しんでますよ こんな会まで設けてくれて、僕は感激してます。」

 精一杯の答だったが、とってつけたように虚ろに響いた。O氏は自分の言葉に白けた。


 O氏は便所に立った。便器の前に立ってホッと一息ついた。「俺を解放してくれ!」O氏は胸の中で叫んだ。俺はいつもこうして自分のくつろぎを自分で奪うのだー。 O氏は自分を悲しくみつめた。座敷に戻るのが恐かった。皆から一斉に批難の視線を浴びそうな気がした。


 重い心で戻ってくると、O氏は目を伏せたまま座敷に上がり、自分の座布団だけ見ながら近づいて座った。前と横に座った人が、重苦しいものがきたというふうに身じろぎしたのをO氏は敏感に覚った。限界だ、とO氏は思った。

「あー杉山さんは、高校を出てから何をしてたんですか」

 意外に言葉はすらすらと出た。対角線の位置に座っている杉山がO氏の顔を見て、微笑した。わからないのかな、とO氏は緊張した。             

「しば らく親戚がしている店に勤めていました」                                                 

 答えが返ってきた。O氏はホッとした。一度で通じたことが有難かった。もし杉山が尋ね返しでもしたなら、説明のために過ぎた会話をむし返したり、杉山の年令を聞いたりしなければならなかっただろう。ようやく解放された、とO氏は思った。杉山は自分のこだわりを知っていたのではないか、という思いがちらりと脳裏をかすめた。が、とにかくこれで終わったのだ。                                                           


 O氏は急におしゃべりになった。それは自分でもおかしく思える変りようだった。人はどう思うだろうという懸念が頭を過ったが、重石を取りのけられた心が、堰を切ったように流動しだすのをO氏は押さえかねた。                                                      

O氏は酔った。平常のペースは完全に踏み外していた。ペラペラといい加減な英語をしゃべりはじめ、人を煙に巻いた。最後にはO氏のワンマンショーのような感じになった。O氏のはしゃぎぶりに、係長も満足したようだった。


 一行はパブを出た。地上に降りるエレベーターのなかで、係長のベルトのバックルが金色で大きいのに目をつけたO氏は、「年寄りのくせに若いかっこして」と言うと、そのベルトをズボンから抜き取ろうとした。「あっ、やめなさい」と係長は笑いながらベルトを押さえた。女子社員達がキャッキャッと笑った。O氏は愉快だった。エレベーターが一階に着いた。エレベーターを出たところで解散ということになった。そこで係長や女性達は帰っていった。             


 四人の男が残った。O氏はその中の一人だった。「ディスコでも行こうか」と二十代の課員が言った。四人ともまだ飲みたい、楽しみたい気分だった。二十代が二人、O氏と同年配の課員、それにO氏だった。

「おう、みんな、スナックに行こう。おれの行きつけのスナックがある」                                             

 O氏が声をかけた。四人はゾロゾロと車道を渡り、向いのビルに向った。                                            

 そのビルの地下の、O氏の知っているスナックは閉まっていた。                                                         「うそだろう、日曜日でもないのに」                                                                          

 消えているその店の()()()()を見てO氏は叫んだ。ドアまで行って、ノブを回してみたが動かなかった。様子を見ていた若い課員一人が、隣の店に入ろうと言った。偶然にも彼の知っている店らしかった。O氏は閉まっていた店に毒づきながら、若い課員の案内する店に入っていった。


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