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死んでしまったら、死後の世界は大混雑してました

作者: さば缶
掲載日:2025/02/17

 俺は信号無視のトラックにはねられ、あっさりと人生の幕を閉じてしまった。

目を開けると、白い雲と青い空に囲まれた場所にいた。

あれだけ大きな事故だったのに痛みはなく、体もふわりとしている。

ここが天国というやつなのかと、ぼんやり思った。


「ようこそ天国へ。新入りさんかな」


 振り返ると、背中に立派な羽を生やした男が微笑んでいた。

いかにも天使といった風貌だが、その周囲にはものすごい数の人が行き来している。


「え、やっぱりここ天国なんですか。

ずいぶん混んでますね」


「まあ毎年世界で五千万人が亡くなるからね。

それだけの人がここに集まれば、そりゃ混雑もするよ」


「いや、こんなにぎっしりとは思いませんでした。

なんか駅のラッシュ並みに人がぎゅうぎゅうなんですけど」


「人だけじゃないさ。

ここには、今まで死んできた生き物すべてがいるんだ。

人間だけじゃなく、動物も昆虫もウイルスもね」


 男の横を通り過ぎた細長い影を目で追うと、それは山ほどの蚊の霊だった。

ブンブンと耳障りな羽音を立てながら、無数に飛び回っている。


「わあ。

あれ全部蚊ですか。

ちょっと多すぎませんか」


「やぶ蚊だよ。

人間が増えれば蚊も増える。

天国に来るのも当然増えるってわけさ。

さらにゴキブリの霊もどこにでも潜んでいてね。

なかなか厄介なんだ」


「ゴキブリまで…

天国なのに害虫まみれって何か変な感じですね。

あと、あの辺りにある変な茂みはなんだろう…」


「雑草の霊さ。

草だって地上で枯れればここに来るからね。

せっかくの天国だけど、生き物も植物もひたすら増える一方だから、雑草や害虫の対策で大変なんだ」


 ふと辺りを見回すと、巨大な雲の上に建物がずらりと並び、まるで大都市のようだった。

しかし、そのビルの壁や道端にはびっしり雑草が生い茂り、そこをゴキブリや蚊が飛び回っている。

イナゴの大群らしき物も見かける。

あまりのカオスっぷりに、天国というよりもゴミゴミした観光地のようだ。


「そういえば、ウイルスもここに来るって言いましたよね。

ウイルスが天国にいるなんて、何だか嫌な予感がしますけど」


「新型コロナウイルスやインフルエンザウイルスも来てるよ。

地上で消えかかったとしても、死滅してしまえばこっちに来るからね。

実は今、一番厄介なのはあいつらかもしれない」


「やっぱり…。

天国でも感染したりするんですか」


「肉体はもうないから、症状は出ない。

でも霊体同士では伝染するんだ。

ウイルス霊も自分たちなりに天国を漂っていて、行く先々でほかの霊にくっついている。

陰湿な悪戯みたいなものだね」


 俺はそう言われて、何とも言えない気持ちになった。

死後の世界に来たはいいが、心休まる天国というイメージと違いすぎる。


「ところでさ。

ここには面白い霊もいろいろあるんだよ。

たとえば、平成の時代に流行ったグッズたち。

あれも霊体化してる」


「グッズまで霊になるって…

いったいどんなのが」


「ほら、あそこに浮いてるやつ。

あれはたまごっちの霊さ。

こっちの黒くて四角いのはポケベルやガラケーの霊。

あっちにはミニ四駆がずらっと行進してるだろ。

それから、ハイパーヨーヨーが勝手にクルクル回ってるのも見える。

他にもスーパーファミコン、セガサターン、ドリームキャスト、ニンテンドウ64、ゲームボーイのようなゲーム機の霊もいる。

他にGショック、2000円札、Windows 95、ファービー人形、ベイブレード、ムシキング、たれぱんだ、厚底靴、ミサンガの霊もいるよ。」


「すごい。

全盛期の子どもが喜びそうなメンツが天国で大集合してる感じですね」


「みんな生産されて、壊れたり捨てられたりするとここに来るんだ。

グッズの霊にしろ何にしろ、一度地上で存在したものは必ず天国に流れ着く。

だから天国は今、相当パンク状態なんだよ」


「確かに雑多すぎて目が回りそうです。

どこを見ても、時代を彩ったものの亡霊があちこち飛んでるし…

天国らしさがどこにも見当たらない…」


 俺はため息をつきながら、ぐるりと周囲を見渡した。

見慣れた人間だけじゃなく、犬や猫がうろうろしている。

カブトムシやクワガタの大群まで雲の柱を登っているのも見える。

その傍らを横切るコロナウイルスの霊がまるで風船みたいにフワフワ飛んでいく。


「ねえ、こういう状態を何とかするシステムはないんですか。

せっかく天国に来ても、こんなんじゃ心休まらないと思うんですけど」


「それはまったく同感だよ。

最近は人数が爆発的に増えたせいで対応が追いつかなくなってる。

噂じゃ、閻魔大王やらキリストやら世界中の神様たちが協力して対策を考えてるらしいけど」


「お偉いさんたちが会議してるんですね。

でも俺らみたいな末端の天国民には関係ないのかな」


「まあ、ひとまずは自分の住む場所を探すところから始めたらどうだい。

そこのビル街に空き部屋もあるし、いずれは天国銀行とか天国役所で手続きすれば簡単に借りられるよ」


 そう言われてビルのほうに目を向けると、雑草に埋もれながらも高層階まで霊たちがぎっしり暮らしているのが見えた。


「うわあ。

地上にいたときより人口密度高そうだな…

でも、どうにか住むしかないか。

もう生き返るわけでもなさそうだし」


「くじけずに頑張りなよ。

じゃあ、俺は巡回があるから行くけど、困ったら呼んでくれ」


 男はそう言うと、背中の羽を一振りして人込みの中へ消えていった。

俺は雲の道を歩きながら、なんとも言えない気だるさを感じていた。

これが死後の世界だと言われても、ちっとも安らげる気がしない。


「とりあえず、あのビルで一部屋もらうか…

何をするにもまず家がないと始まらないし」


 人波をかき分け、ビルの入口へ向かう。

すると、やぶ蚊の霊の大群に襲われた。


「ちょっとちょっと止めろ!

天国なんだから、もう少し心地よく過ごさせてくれ!」


 そうつぶやいた瞬間、パッと目の前が真っ白になった。

まるで現実がプツリと途切れるような感覚の後、気づけば俺は病院のベッドに横たわっていた。


「えっ…

生き返った…

のか?」


 周囲には医者や看護師が大慌てで動いている。

どうやら俺は奇跡的に蘇生処置が成功したらしい。

あの天国の混雑は何だったんだ。

夢だったのか、それとも…


 体はぐったりしているが、どこか懐かしい不快感を覚える。

あ、痛みを感じる。

なんだかリアルに痛い。


「大丈夫だ、助かったよ」


 担当の医者がそう言ってくれた。

俺は安堵すると同時に、なぜかさっきの蚊の羽音やたまごっちの声が耳に残っている気がした。

もしかするとあれは幻じゃなく、天国の一端を見てきたのかもしれない。


 生き延びた喜びに包まれながらも、俺は少しだけ申し訳なく思った。

天国のみんなは、あのごちゃつきの中で今日も暮らしているのだから。


「うーん…

けど、できればもう二度と行きたくはないな。

天国もあんなに混んでるんじゃ、ちょっとゴメンだ」


 そう思った瞬間、病室の片隅で何かが小さくピコピコと音を立てた。

振り向くと、たまごっちの霊のような影が一瞬だけ見えて…

そしてすぐにふっと消えていった。


「やっぱり見間違いじゃなかったのかも…」


 そんな小さな確信を胸に、俺は慣れ親しんだこの現世をかみしめるように見渡した。

いずれまた寿命を迎えれば、嫌でもあの天国に行くのだろう。

だけど次はもっと心の準備をしてからにしたい。

今はただ、生きていることのありがたさを噛み締めようと思った。

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