公園仲間
中川小百合は大学の吹奏楽部に入った。
大好きなクラリネットは、ご近所迷惑も考えて公園で練習している。
サッカー広場もある河川敷の公園では、毎日同じ人たちに出会う。
あるお爺さんは、いつも自転車を止めてベンチに座り、長時間の休憩をとるのだ。
そこでお爺さんを観客に見立てて練習をするようになった。
ある日、クラリネットの調子が良くて夕暮れまで演奏していると、自転車で帰るお爺さんから話し掛けられた。
「今日も良い音色だね。いつもここに来ると清々しいよ。ありがとう。でもね、女の子は暗くなる前に帰りなさい」
そう言ってお爺さんは帰って行った。
その晩は、お爺さんが好意的に聴いていてくれたのだと、嬉しくなった。
翌朝、小百合が通学のためにバス停に座っていたら、引ったくりにあった。ちょっとした隙に、男が置いてあったバッグを奪って逃げたのだ。
「こらっ、どろぼー!」と叫ぶも後の祭りで、大泣きして家に帰り、しょんぼりして警察に被害届を出した。
大きなバッグにはクラリネットが入っていた。大切にしてきた楽器なのに、本当に酷い泥棒だと、昼も夜も悔しがった。
そうは言っても演奏会が近かったので、小百合は友人から予備の楽器を借りた。
しばらく休んでしまったし、新しいクラリネットにも慣れなければならない。
公園のベンチには今日も自転車のお爺さんが休んでいた。
一通り演奏してみたが、しっくり来ない。削りたてのリードも馴染んでいないようだ。
基本からやり直しだと気持ちを新たにしたとき、お爺さんが歩いて来た。
「いつもと音色が違うが、体調でも悪いのかい?」
そこで涙ながらに楽器を盗まれたことを話した。楽器ケースの大きさや、中川小百合の名前が書いてあったことも。
「なんとけしからん奴だ。ワシが探してやろう。少しだけ期待して待っていなさい」
お爺さんは怒って行ってしまった。
翌日、お爺さんがベンチに座っていた。
「ネット競売だった。元警官のワシだ。顔も広い。楽器の行方なんて簡単に判るさ」
その時、小百合の携帯電話が鳴った。
「警察です。犯人を逮捕して、盗品も見つかりました」
どきどきしてお礼を言い、電話を切った。私のクラリネットがかえってくる。そう思うと嬉しさが段々と湧いてきた。
「お嬢ちゃん、良かったな」
お爺さんは少し自慢げにほほ笑んだ。
小百合のクラリネットを取り返してくれた大恩人。感謝感激である。
「ありがとう。お爺さん」
小百合は、あまりにも嬉しくてお爺さんの手を取って、ぶんぶん振った。
「まだワシは爺さんじゃない。黒田さんと呼んでくれ」
初夏。黒田さんとは公園仲間として親しく話をするようになった。小百合がクラリネットの練習をして、黒田さんが感想と世間話を聞かせてくれる。
「お嬢ちゃん、上達したようだね」
「ありがとうございます。どうぞ」
水筒の麦茶を注いで差し出すと、黒田さんは美味しそうに飲み干した。