表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

心温まる

公園仲間

 中川小百合は大学の吹奏楽部に入った。

 大好きなクラリネットは、ご近所迷惑も考えて公園で練習している。

 サッカー広場もある河川敷の公園では、毎日同じ人たちに出会う。

 あるお爺さんは、いつも自転車を止めてベンチに座り、長時間の休憩をとるのだ。

 そこでお爺さんを観客に見立てて練習をするようになった。

 ある日、クラリネットの調子が良くて夕暮れまで演奏していると、自転車で帰るお爺さんから話し掛けられた。

「今日も良い音色だね。いつもここに来ると清々しいよ。ありがとう。でもね、女の子は暗くなる前に帰りなさい」

 そう言ってお爺さんは帰って行った。

 その晩は、お爺さんが好意的に聴いていてくれたのだと、嬉しくなった。


 翌朝、小百合が通学のためにバス停に座っていたら、引ったくりにあった。ちょっとした隙に、男が置いてあったバッグを奪って逃げたのだ。

「こらっ、どろぼー!」と叫ぶも後の祭りで、大泣きして家に帰り、しょんぼりして警察に被害届を出した。

 大きなバッグにはクラリネットが入っていた。大切にしてきた楽器なのに、本当に酷い泥棒だと、昼も夜も悔しがった。


 そうは言っても演奏会が近かったので、小百合は友人から予備の楽器を借りた。

 しばらく休んでしまったし、新しいクラリネットにも慣れなければならない。

 公園のベンチには今日も自転車のお爺さんが休んでいた。

 一通り演奏してみたが、しっくり来ない。削りたてのリードも馴染んでいないようだ。

 基本からやり直しだと気持ちを新たにしたとき、お爺さんが歩いて来た。

「いつもと音色が違うが、体調でも悪いのかい?」

 そこで涙ながらに楽器を盗まれたことを話した。楽器ケースの大きさや、中川小百合の名前が書いてあったことも。

「なんとけしからん奴だ。ワシが探してやろう。少しだけ期待して待っていなさい」

 お爺さんは怒って行ってしまった。


 翌日、お爺さんがベンチに座っていた。

「ネット競売だった。元警官のワシだ。顔も広い。楽器の行方なんて簡単に判るさ」

 その時、小百合の携帯電話が鳴った。

「警察です。犯人を逮捕して、盗品も見つかりました」

 どきどきしてお礼を言い、電話を切った。私のクラリネットがかえってくる。そう思うと嬉しさが段々と湧いてきた。

「お嬢ちゃん、良かったな」

 お爺さんは少し自慢げにほほ笑んだ。

 小百合のクラリネットを取り返してくれた大恩人。感謝感激である。

「ありがとう。お爺さん」

 小百合は、あまりにも嬉しくてお爺さんの手を取って、ぶんぶん振った。

「まだワシは爺さんじゃない。黒田さんと呼んでくれ」


 初夏。黒田さんとは公園仲間として親しく話をするようになった。小百合がクラリネットの練習をして、黒田さんが感想と世間話を聞かせてくれる。

「お嬢ちゃん、上達したようだね」

「ありがとうございます。どうぞ」

 水筒の麦茶を注いで差し出すと、黒田さんは美味しそうに飲み干した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ