第59話 大船団
「うふふ……ふふふ……」
いやー、勝てて本当に良かった!
あとは、イカさんが立派な辛子漬けになってくれれば言うことなしだね!
「ララート様、よだれよだれ!」
「あっ!」
「……ほんと、こうしてみるとただのガキだなぁ」
呆れたような顔でこちらを見るリュート。
よいよい、今だけはそのガキという暴言も聞き流そうではないか。
勝利の美酒に酔いしれるとき、人はちょっとだけ寛容になれるのだ。
「お、浮いて来た。フェル、ちょっと近づいて」
「わう!」
やがて、テイオウイカの巨体が水面にぷかぷかと浮いて来た。
私はフェルに命じて船を接近させると、ナイフでその表面を少しだけ切る。
「よしよし、中はちゃんと生だね!」
万が一、中まで火が通っていたらちゃんと辛子漬けに出来るのか不安だったのだけど。
焼けていたのは表面だけで、中はまだ半生どころか冷たいぐらいだった。
これならば、特に問題なく辛子漬けに出来るだろう。
食べなきゃ人生損しているとまで言われる名物料理。
その感性が今から楽しみだ。
「……しっかしこれ、どうするんだ?」
「どうするって、一部を切り出して運ぶんだよ?」
海に浮かぶテイオウイカの死骸は、いま私たちが乗っている小舟の何倍も大きい。
こんなバカでかいものは、一部を切り出してあとは放置するよりほかはないだろう。
ちょっともったいない話だけど、他にやりようがない。
するとリュートは、眉間にしわを寄せて言う。
「いや、これを放置するのはいろいろとまずいぞ。ここからだと、海流の流れでそのうち港へ流れ着くだろうけど……。その頃には腐ってばい菌の塊みたいになってるぜ」
「げっ……そりゃちょっとヤだなぁ」
これほど巨大なイカが腐ったら、とんでもない悪臭を放つに違いない。
うげぇ、想像するだけでちょっと吐き気がしてきちゃった。
イルーシャやフェルも、げっそりとした表情をする。
もともと海の生き物だから、死骸は自然に任せておけばいいと思ったんだけど……。
そういうわけにもいかないね、こりゃ。
「でも、いくら切り分けたところで運びきれませんよ」
「そだねえ、フェルの力でも一回に月十分の一……いや、百分の一が限度かなぁ」
「運んでるうちに腐っちゃいますね」
「うーん……。氷魔法を使えば多少は期限を延ばせるけど……」
あいにく、私は氷魔法がちょっとだけ苦手なんだよねえ……。
イルーシャは使えるけど、彼女の魔力だとこれだけの巨体を完全に凍結させるのは難しい。
それにもし凍らせたとして、どうやって運ぶのか。
氷山みたいになって、ますます大変になりそうだ。
「……さっきのガレオン船、戻って来て運ぶの手伝ってくれないかなぁ?」
いつの間にか、すっかり遠くへと走り去っていたガレオン船。
助けてあげたんだし、イカを運ぶのを少しぐらい手伝ってくれてもいいと思う。
本来なら、たっぷりお礼を貰ってもいいぐらいのことしたんだからね。
こうして船の明かりを恨みがましく見ていると、船尾の方を見ていたリュートが言う。
「おい、あれを見ろよ!」
「なに?」
「船団だ! こっちに向かってくる!」
「え?」
リュートに言われて港の方を見ると、大きな船といくつかの漁船がこちらに向かってきていた。
船の甲板の上には、明かりを手にこちらの様子を伺う人々の姿が見える。
「おーーい、大丈夫かーー!」
やがて風に乗って聞こえてきた声は、先日訪れたトーマス商会の会頭さんのものだった。
それに続いて、今度は女性の声が聞こえてくる。
「イカはどうなりましたか? まさか、逃げられましたか?」
この声は、あの時の秘書さんだね。
なるほど、向こう側からだと暗くてテイオウイカの死骸が見えてないらしい。
「大丈夫、ちゃんと倒したよ!!」
「心配いりません!!」
大きく手を振り、無事をアピールする私たち。
やがて私は光魔法を使うと、浮かんでいるイカの死骸を照らした。
たちまち巨大な姿が露わとなり、船の上から驚きの声が聞こえてくる。
「これは……なんて大きさだ」
「にわかには信じられませんね……」
「すっげえ……」
こうして皆が感嘆している間にも、船団は私たちの方へと接近してきた。
やがて話すのに不自由ない距離まで近づいたところで、私は再び会頭さんに呼び掛ける。
「このテイオウイカ、港まで運びたいんだけど手伝ってもらっていい?」
「こいつを運ぶのですか?」
「うん! ここへ置いておいても、そのうち流れ着いて大変なことになるって」
私がそう言うと、会頭さんは少し困ったような顔をした。
流石にこれだけの大物となると、運ぶのにはかなりの手間暇がかかるからね。
するとここで、脇に立っていた秘書さんが言う。
「……そう言えば、この間もクジラの死骸が近くの浜に流れ着いて大変でしたね」
「あれか。おかげでしばらく、塩田が使えなくなったのだったな」
「このイカもそうなってしまう可能性があるのでは」
秘書さんの指摘に、会頭さんはフームと唸った。
そして、パンッと手を叩いて言う。
「よし、こいつを港へ運ぼう! お前たち、準備をしてくれ!」
「へい!」
会頭さんの指示を受けて、忙しく動き始める船乗りたち。
彼らは次々と小舟を下ろすと、それに乗ってこちらに接近してきた。
そして船から引っ張ってきた太いロープで、イカの巨体を縛り上げていく。
「よいさ、よいさぁ!!」
「俺たちも手伝おうぜ」
「そうだね。おーい、私たちも混ぜて!」
船乗りたちに声をかけ、私たちもまた作業に加わる。
よいさ、よいさ!
皆で声を合せながら、一生懸命に作業を進める。
するとあっという間に、テイオウイカの巨体が縄でがんじがらめになった。
これならもう、外れてしまう心配はないだろう。
「よーし、帰ろう!!」
私がそう声を上げたところで、同行していた漁船の一隻が大きな旗を掲げた。
おぉ、大漁旗だ!
いいねえ、気分が盛り上がるよ!!
それに合わせて、他の船も次々と大漁旗を掲げる。
「ははは、確かにこいつは大漁だなぁ!」
「そうだね、こんなにでっかい獲物もう二度と取れないよ!」
すっかりご機嫌になって、船の上で大笑いするリュートと私たち。
こうして私たちは、満面の笑顔で港に凱旋するのだった。
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