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第44話 朝の海へ

「この時間帯は冷えるねえ」


 深夜三時、夜明け前のもっとも暗い時間。

 私とイルーシャは、冷たい風の吹き抜ける岸壁を歩いていた。

 狭い漁船に乗るので、フェルはお休みだ。

 きっと今頃は、宿のベッドの中でぬくぬくとしていることだろう。

 実に、実に羨ましい……。

 自分で決めたこととはいえ、冷え切った部屋の中で布団を出ることがどれだけ辛かったことか。

 ……うん、フェルへのお土産は小魚一匹にしちゃおう。

 私たちが寒い思いをしているときに、ぬくぬくしていた罰だ。


「ララート様、何だかせこいこと考えてません?」

「いや、別に……」

「言っておきますが、朝がつらいのはララート様ご自身のせいですからね。いつもねぼすけで不規則な生活をしているから、こういう時に困るんですよ」

「むぐぐ……」


 結局、昨日も早めに寝ようとはしたけど寝付けなくって本を読んだりしてたからなぁ。

 イルーシャの正論が耳に痛い、すっごく痛い。

 私が寝不足気味な一方で、イルーシャはすごく元気だし。

 そう言えば、里にいた頃から早起きして野菜の面倒とか見てたもんね。


「……あれじゃないですか?」


 こうしてあれこれ言い合っているうちに、私たちが乗り込む漁船が見えてきた。

 十人ほどが乗れる割と大きな船で、既に漁師さんたちが漁具の詰め込みを行っている。

 みんな海の男と言った逞しい風貌で、夜中だというのに実にキビキビと働いていた。

 魔道具の明かりに照らされた横顔が、みんなキリリとしている。


「んん? あんたたちかい、手伝いに来る冒険者ってのは」


 やがて私たちの存在に気付いたおじさんが、手を止めて近づいて来た。

 私とイルーシャはすぐさま頷きを返す。


「そうだよ。今日はよろしくね」

「よろしくって……。女だとは聞いてたが、こりゃまたずいぶんと小せえな」

「安心してよ。これでも魔法が使えるから」

「まぁ、そういうことなら……。おい、リュート! この子たちの面倒を見てやれ!」

「なんで俺が!」

「お前が一番年が近いだろ! ほら、早く!」


 おじさんにどやされて、しぶしぶ甲板の上からリュートと呼ばれた少年が下りてきた。

 まだ、十代前半と言ったところだろうか。

 そんな年から船に乗って働くなんて、なかなかよくできた子だ。


「リュートだ、よろしく」

「私はララート。それでこっちがイルーシャだよ」

「よろしくお願いします!」


 ぺこりとお辞儀をする私とイルーシャ。

 するとリュートは、さっと手を振り上げて言う。


「早く船に乗ってくれ。もう出発の時刻だ」

「はーい」


 私たちが甲板に乗り込むと、漁師さんたちも準備を終えて次々と乗り込んできた。

 やがて船の錨が引き上げられ、先ほど声をかけてきたおじさん――どうやら彼が船長らしい――が号令をかける。


「よーし、出発だ! 漕げ!」


 一斉にオールを動かし始める漁師さんたち。

 やがて、漁船がゆっくりと岸壁を離れ始めた。

 途端に船体が大きく揺れて、私たちはおぉと声を上げる。


「見てないで、アンタらも漕ぐんだよ」

「ああ、ごめん!」


 リュートに言われて、私たちもまたオールを手にした。

 そして海面を切るようにして漕ぐが、これがなかなかに重労働。

 うぐぐ、小さい身体には堪えるなぁ。

 イルーシャの方も、顔を赤くして必死な感じだ。

 女の子にはやっぱり重労働みたいだね。


「おいおい、全然力ねえな。そんなんで手伝いになるのかよ」

「大丈夫だよ。身体強化!」


 全身に魔力を行き渡らせ、身体能力を跳ね上げる。

 単純な魔法だが効果は絶大、重かったオールがあっという間に軽くなる。

 水ではなく、空気を切っているかのようだ。

 やっぱ魔法は偉大だ、さくさくできちゃう。


「私も身体強化!」

 

 イルーシャも私に負けじと身体強化を掛けた。

 たちまち、倍速再生したようにその動きが早くなる。


 ――ザブン、ザブン!


 彼女の手にしたオールが、すごい勢いで水を切り始めた。

 その勢いを見た漁師さんたちは、おぉっと驚きの声を上げる。


「たまげたな、流石は冒険者!」

「こりゃ、俺たちも負けてられねえな」


 海の男のプライドがあるのだろうか?

 漁師さんたちもまた、私たちに張り合うようにペースを上げた。

 漁船は速度を上げ、ぐんぐんと暗い海を滑るように進んでいく。

 こうして街がすっかり遠ざかったところで、船長が声を張る。


「着いたぞ! 網を下ろせ!」

「急げ、急げ!」


 勢いよく網を海へと放り込んでいく漁師さんたち。

 それと同時に、別の漁師さんが大きなランプを取り出した。

 さながら街灯のような形をしたそれは、たちまち強烈な光を発し始める。


「まぶしっ!?」

「直接見るな、目が焼けるぞ」

「なにあれ? 明かりにしてはまぶしすぎるけど」

「集魚灯さ。あれで魚の群れをおびき寄せるんだ」


 へえ、日本海のイカ釣り漁船みたいなものかな?

 さながら人工太陽のような強烈な光が海を照らし出し、周囲がにわかに明るくなる。

 すると波間に、キラッと光る銀色の魚影が見えた。

 強力な光によって、既に魚が集まり始めているようだ。

 おぉー、お魚天国だ!

 海の中を回遊する魚群が、ご馳走の山に見えてくる。


「よし、入れ終わったな。あとは日が昇るまで待つぞ」


 一通り作業が終わったところで、船長さんの指示に従って休憩を始める船員さんたち。

 私たちもその場に座り込み、水を飲む。

 ぷはー、労働の後の一杯はおいしいね!


「引き上げは手伝ってもらうからな、今のうちにしっかりと休んでおけよ」

「うん」


 言われなくても、ちゃんと休みますとも。

 こうして気持ち良くウトウトし始めると、隣に座ったリュートが声をかけてくる。


「なぁ」

「……なに?」

「さっきのって、もしかして魔法か? 身体強化とか言ってたけど」

「まあそうだけど」

「すげえ! 無詠唱の身体強化魔法なんて、初めて見た!」


 声を大きくして、何やら興奮した様子のリュート。

 もしかしてこの子、魔法に興味があるのかな?

 私がそう思っていると、向かいに座っていた年配の漁師さんが言う。


「こいつはもともと魔法使い志望でね。冒険者学校で魔法を習ってたんだよ」

「冒険者学校?」


 初めて聞く施設の名前だった。

 冒険者になるのに、学校に行く必要なんてあるのかな?

 少なくとも、私たちは特にそんな学校へ行くことなくなったわけだけれど。

 私とイルーシャが顔を見合わせると、年配の漁師はおやっと目を見開く。


「あんたたち、学校を知らないのかい?」

「うん、少なくとも私たちは通ってない」

「今時、直接冒険者になるとは珍しいねえ。最近の子はだいたい学校へ行って、基礎を覚えてからなるのに」

「あー、自動車学校みたいな感じなのかな」


 何となく、冒険者学校という場所のシステムがわかった。

 ようは、自動車学校みたいな感じである。

 直接試験場に行って免許を取ることもできるけど、だいたいの人は通うみたいな。

 私たちの場合、ギルドを尋ねた時には既に人間基準では一流の魔導師だったからね。


「でも、その冒険者志望だったリュートがどうして漁船に乗ってるの?」

「親父さんが事故に遭ってなぁ。生活に余裕がなくなったんで、学校をやめて手っ取り早く稼げる漁師をしてるのさ」

「なるほどねぇ、そりゃ大変だ」

「……人の事情を勝手にあれこれ言うなよ」

「おっと、こりゃすまなんだ」


 そう言って、笑いながらごま塩頭を撫でる漁師さん。

 リュートはハァっとため息をつくと、うんざりしたような顔をする。

 どうやら彼にもいろいろと複雑な事情があるらしい。


「そんなことよりも、もっと魔法とか見せてくれないか? 簡単なのでいいから!」

「リュート、そういうのはあんまり言うもんじゃねえよ」

「だって……」


 年配の漁師さんに注意され、しょぼくれた顔をするリュート。

 マナー的にはとても正しいけど、これはちょっとかわいそうかな。

 私はフフッと笑うと、リュートに言う。


「いいよ。その代わり、あとで出る賄いをちょっと分けて」

「もちろん! 俺の分、全部あげてもいいよ」


 リュートはためらうことなくそう言った。

 全部上げてもいいとは、なかなか気前のいい子である。

 よしよし、そういうことならちょっと気合を入れていいものを見せてあげよう。

 えーっと、安全で見栄えのする魔法だと何がいいかな……。


「ウォーターボール!」


 私の手のひらの上に、バスケットボール大の水球が現れた。

 さらに連続して魔法を使うと、水球の数を三つにまで増やす。

 そしてそれを、ほいほいっとお手玉のように操った。


「どう、なかなか綺麗でしょ」

「おぉー、すっげえ! 地味だけどすごい操作だ!」

「地味って! もう、気合を入れたんだけどなー」

「ああ、ごめんごめん!」


 焦った様子で謝るリュート。

 何だかんだ、根は悪い子ではないらしい。

 でも、このまま言われっぱなしなのもちょっと癪だな。


「なら、これでどうだ!」

「うお!」


 海水を魔力で操作し、ドラゴンのような形を作った。。

 さらにそれを持ち上げて、宙を舞わせる。

 迫力のあるドラゴンの姿に、リュートもたちまち目を輝かせた。


「すっげえ! こんなことできるんだ!」

「ふふん!」


 どーんと胸を張る私。

 ここまで喜んでもらえると、こっちも頑張った甲斐があるというものである。


「流石だなぁ! こいつは縁起がいい!」

「今日もきっと大量だなぁ!」


 空を舞うドラゴンを見て、リュートだけでなく他の漁師さんたちも感心したようだった。

 こうして皆に魔法を披露していると、空がぼんやりと明るくなり始める。


「お、日の出かな?」

「ララート様、あれ見てください!」


 船縁から身を乗り出し、海のかなたを指差すイルーシャ。

 ちょうどそちらの方角には、ポツンと水面から突き出た岩礁があった。

 そしてその後ろから、ゆっくりと太陽が昇り始める。


「うわぁ……!!」

「あんたがた運がいいねえ。こんだけ綺麗な朝日は、俺たちもなかなか見られる景色じゃねえよ」


 黒々としていた海が朝日に照らされ、まばゆいほどに輝く。

 濃紺の空が徐々に赤く染まり、美しい朝焼けがどこまでも広がっていく。

 それはさながら、一幅の絵画のようであった。

岩礁がこれまたいい味を出していて、景色のアクセントになっている。

 まさに絶景かな。

 見ているだけでうっとりとため息が出てくる。


「っと! いつまでもボケッとしてないで網を上げるぞ! 急げ!」

「ララートとイルーシャはそっちを頼む!」

「ほいきた!」


 船長さんの指示を受けて、忙しく動き出した漁師さんたち。

 私とイルーシャもリュートの指示を受けて網を握り、力を合わせて引っ張り上げる。


「えいさ、えいさ!」


 たくさんお魚が掛かっているのだろう。

 網はずっしりと重く、指先に食い込んでくる。


「身体強化! みんなにも!」

「のわっ!? なんだこりゃ!」

「急に体が軽くなった!?」


 突然の出来事に、驚く漁師さんたち。

 彼らは勢い余って、そのままひっくり返りそうになってしまった。

 いけないいけない、ちょっと加減を間違えちゃったか。

 私が苦笑していると、ララートがもーっと膨れた顔をして言う。


「急に掛けると危ないですよ!」

「ごめんごめん。みんな、これは私の魔法の効果だから安心して!」


 私がそう言うと、漁師さんたちはほうほうと興味深そうな顔をした。

 身体強化魔法を人に掛けるのは、割と難易度が高いからね。

 たぶん、初めての体験なんだろう。


「へえ、こいつが魔法の力か……大したもんだな」

「手伝いに来て貰った甲斐があるってもんだ」

「よし、さっさと終わらせて今日は早いとこ帰って酒でも飲もうや!」


 ――えいさ、えいさ!


 漁師さんたちは威勢のいい声を上げながら、再び網を引き揚げ始めた。

 私たちもそれに合わせて手を動かし、とうとう水面下に無数の魚体が見えてくる。

 うわー、大漁だ!

 イワシのような細身の魚から、エイのような平たい魚、はてはイカやタコに至るまで。

 多種多様な海の幸が、網の中で躍っている。


「最後のひと踏ん張りだ! えいさああぁ!!」

「「「えいさぁ!!」」」


 皆で声を合せ、一気に魚を甲板の上へと引き揚げる。

 ――ピチピチッ!!

 たちまち数えきれないほどの魚が船の上で跳ねまわるのだった――。


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