第41話 満喫、シーフード!
「カレー、カレー♪」
「ご機嫌ですね。そんなにおいしいんですか、カレーって」
「そりゃもうね。スパイスの風味が効いてて、刺激的なお味だよ」
「へえ……」
スパイス自体をほとんど食べたことがないせいだろうか。
イルーシャはいまいち興味が湧かない様子だった。
そう言えば、ここに来るまでにおやつも食べてたしな。
だから、おなかもあんまり空いていないのかもしれない。
「カレーには野菜もたっぷり入ってるはずだから、イルーシャも気に入るんじゃないかな?」
「おぉ、野菜! それは楽しみですね!」
「たぶん、食べたことない味付けだから面白いと思う」
「わぁ……」
カレーに興味が湧いて来たのか、イルーシャの目がとろけた。
……この子、おいしいものを想像すると途端に変な顔になるから分かりやすい。
何というか、妙な色気があるんだよねえ。
「フェルもカレー食べようねー」
「わうぅ」
小さくなっているフェルの顎をなでなでしてやる。
普通の犬ならカレーなんて絶対にダメなはずだけど、フェルは精霊獣だからね。
人間の食べ物ならだいたい何でも食べられる。
もっとも、カレーについては匂いが強いから苦手かもしれないけど。
人間にとってはいい匂いだけど、犬的にはあの匂いってどうなんだろう?
すごい嫌そうな顔されたら、ちょっとヤだなぁ。
「わう!」
私がそんなことを思っていると、急にフェルが興奮した様子で鳴き始めた。
それと同時に、厨房からウェイトレスさんが出てくる。
彼女の持つお盆には、カレーが二つ載せられていた。
「お待たせしました。シーフードカレーです!」
「わうう!!」
どうやら、鼻のいいフェルは一足先にカレーの匂いに気付いていたらしい。
彼はそのままウェイトレスさんの足下へと移動して、ぶんぶんと尻尾を振る。
その落ち着きのない様子は、一刻も早くカレーを食べたいと言わんばかりだ。
良かった、匂いについては気に入ってくれたようだ。
「わぁ……いい匂いですね! でもなんというか、独特?」
「うん、カレーの匂いとしか言えないよね」
カレーの匂いって、他のものに例えるのが難しいからね。
私もちょっと、いい例えが思いつかない。
この刺激的で香ばしい匂いは、カレーにしかない奥深さだ。
「なるほど、欧風っぽい感じだ」
やがてテーブルの上に載せられたカレーは、日本でもよく見る欧風カレーだった。
小麦粉を使ったとろみのあるルーが、黄色いライスに掛けられている。
これはもしかして、サフランライスかな?
カレーの匂いが強いので少しわかりにくいが、微かに鼻を抜けるような爽やかな香りがする。
そして米の粒はかなり細長く、ジャポニカ米というよりはインディカ米っぽい。
見た感じパラパラとしていて、カレーと合せることを前提に水分量を抑えているようだ。
それに対してルーの方は具材たっぷりで、脇役に徹しているライスとは対照的に存在感がすごい。
ざく切りにされた大きな野菜は、イルーシャが喜びそうだな。
「ではどうぞ、ごゆっくり!」
お辞儀をして、そのまま立ち去っていくウェイトレスさん。
彼女を見送ったところで、私はすぐに手を合わせる。
「いただきまーす!」
さっそく、スプーンでカレーをすくって口に運ぶ。
……んん、これはおいしい!
カレーのコクに、魚介類のうまみが足されて実にいい味わいだ。
辛さもほどよい感じで、実に食欲をそそる。
そして具材の主役は、やはりなんといってもエビだろうか。
日本のものと比べると、弾力が強めでプリッとした食感がとても心地よい。
口の中で旨味が弾けるようだ。
「んん~~! なんですか、これは!」
私に少し遅れて、カレーを食したイルーシャが驚いたように目を丸くした。
カレーの味は独特だからね、びっくりするのも無理はない。
「どう、おいしい?」
「はい! ライスがどんどん進みますね! あと、やっぱりお野菜は最高です!」
そう言うと、イルーシャは大きく切られたナスを口に入れた。
しっかり火の通ったナスって、甘みがあってほんとおいしいからねえ。
これについては、イルーシャの意見に賛成だ。
「ほら、フェルの分だよー」
私のカレーを少し取り分けると、フェルに出してあげた。
フェルはすぐさまカレーに食らいつくと、すぐに満足げな顔をする。
「わん、わん!!」
「おぉ、よしよし! 美味しかったね!」
口の周りについてしまったルーを拭いてやると、私はフェルの頭をよしよしと撫でた。
いやー、ほんと幸せだなぁ。
みんなでおいしいものを食べることほど、嬉しい瞬間はない。
「ん、おいしかったです!」
「はや! いつの間にか私より先に食べ終わってる!」
私がのんびりとカレーを堪能しているうちに、イルーシャはさっさと食べ終えてしまった。
ついさっきまであまり興味なさそうにしていたというのに、すごい食欲だ。
「スパイスの味が刺激的で、ついつい止まらなくなっちゃいました」
「あー、わかる! カレーってそうだよね!」
基本的に、欧風カレーというのはカロリーの塊みたいな料理である。
ルーに小麦粉とバターをたっぷり使うからね。
でも、それでいてペロッと食べられちゃうのがカレーの神秘だ。
流石はインド、伊達にゼロを発明してないね。
きっとカロリーゼロ理論もインド発祥に違いない。
「さーて、お次は……テイオウイカの辛子漬けだね」
水を飲んで口の中を落ち着かせると、私はゆっくりとそう告げた。
いよいよ、これから真打登場である。
代用品とはいえ、噂の名物料理はいったいどんなお味なのか。
辛子漬けということだから、きっと辛いのは間違いないだろうけど……。
異世界の料理なだけに、細部までは想像がつかなくていろいろと楽しみだ。
「お待たせしました! テイオウイカの辛子漬けもどきです!」
あれこれと想像していると、ウェイトレスさんが戻ってきた。
彼女の手にしているお盆には、なんと……。
「タコ?」
「はい、テイオウイカに食感が似てるんです」
「なるほど……」
お皿の上には薄く切られたタコの足が載せられていた。
花が咲いたように、綺麗に円形に盛り付けられている。
ふぐ刺しとかでよく見るあの盛り方だ。
その上にはパセリが散らされていて、見た目はカルパッチョとかに似ている。
それと仄かに香る、お酢と唐辛子の匂い。
これはなかなか、おじさんが人生損しているとまで言っただけあって期待が持てそうだ。
「よいしょっと!」
「あ、そんなにいっぱい!」
お皿の縁に沿うようにしてフォークを動かし、一気に三枚の辛子漬けをフォークに刺した。
これ、一度やってみたかったんだよねー。
綺麗に盛られたふぐ刺しとかをまとめて一気に取っちゃうやつ。
たちまちイルーシャが呆れた顔をするが、構いはしない。
「あむっ! おいひい!」
薄く切られたタコの足を、まとめてお口に放り込む。
たちまち、独特のむっちりとした食感が口いっぱいに広がった。
それと同時に鼻をすぅっと酢の香りが抜けていく。
この感じは、バルサミコ酢に近いかな?
フルーティな香りが混じっていて、とても上品だ。
そしてそれらを包み込む奥深い唐辛子の風味。
単に唐辛子だけではなく、いろいろなスパイスが混ぜてあるのだろう。
とても奥行きがあって、まさに旨辛……辛っ!?
「んんんっ!?」
「ララート様!?」
「がは、ごほっ……! みず、みずぅ!!」
いきなり襲ってきたとんでもない辛さに、私はたちまちのたうつのだった。
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