第40話 港町の名物
「三か月!? そんなに待たされるの!?」
あまりのことに、私はおじさんのいるカウンターに向かって身を乗り出した。
おじさんは私の勢いに驚きつつも、ふうっと軽くため息をついて言う。
「ノルド山脈の道が封鎖されたらしくてね。マーセルへ向かう商人たちが、もう船を抑えちまったのさ」
「うーん、困ったなぁ……。どうにかもっと早く行く方法はないの? 別の港を経由していくとかさ」
「あいにくだけど、そういう迂回路も埋まっちまってるねえ」
「あちゃー……」
流石は商人たち、実に行動が早い。
私たちが街道の封鎖に気付いた頃には、既に行動を開始していたようだ。
「……どうします?」
困った顔で尋ねてくるイルーシャ。
フェルもまた、何とも言えない表情をしている。
二人とも私の判断を任せるつもりらしい。
「そうだなぁ……。今更、トゥールズの街まで戻るのも大変だし。ここでのんびり待つしかないね」
「やっぱりそうなりますか」
「いいんじゃない? この街は美味しいものたくさんあるみたいだし。ここは思い切って、海辺でのんびりバカンスってのも悪くないと思う」
「ララート様は美味しい食べ物さえあればどこでも天国ですからね」
「イルーシャだってそうでしょ。おいしい野菜があれば幸せなくせに」
「わ、私はそんな単純じゃありません!」
頬をぷくーっと膨らませるイルーシャ。
やれやれ、そんなムキになって怒らなくてもいいのに。
そういうのを恥ずかしく感じるお年頃なのかな?
「まあいいや。おじさん、おいしいレストランを知らない?」
「予算は?」
「たくさんあるよ!」
そう言うと私は、ちょっぴり自慢げにマジックバッグを叩いた。
アースドラゴンを倒した報奨金がまだたっぷりと残っているのだ。
小さな家を買えるぐらいあるので、多少の無駄遣いしても平気である。
「そう言うことなら、白帆亭が一番だな」
「どんなお店?」
「スパイス料理で有名なとこだ。カレーが看板だな」
「おぉ、カレー!!」
こっちの世界にもあったんだ!
私が驚いて興奮していると、おじさんは意外そうな顔をする。
「カレーを知ってるのか。この街の人間以外で珍しい」
「ララート様は長生きですからね!」
「長生き? このちっこいのが?」
「ちっこい言うな! エルフだからね、おじさんの十倍は生きてるよ」
「ほう、十倍とはすごい……」
私の顔を見ながら、眼鏡をくいっと持ち上げるおじさん。
にわかには信じられないといった様子だった。
ま、人間で言ったら十歳ぐらいにしか見えないからね。
「なるほど、それだけ長生きしてたらいろいろ知ってるはずだ」
「まあね」
「だが、そんなエルフさんでもテイオウイカの辛子漬けは知らんだろう?」
おじさんは眼鏡を怪しく光らせ、ひどく得意げな顔をして言った。
テイオウイカの辛子漬け?
何だろう、その知る人ぞ知るって感じの食べ物は。
おじさんの言う通り、見たことも聞いたこともない。
「なにそれ、おいしいの?」
「もちろん、抜群にうまい。これを食べたことないなんて、損してるねえ」
「むむむ、そう言われると絶対に食べたい! どこで食べられるの?」
「白帆亭なら出してくれるだろう。ただ、いまは……」
「ありがとう!」
私はおじさんに頭を下げると、すぐさま事務所を飛び出した。
何か言っている途中のような気がしたけど、別に大したことじゃないだろう。
今はそれよりも、テイオウイカの辛子漬けだ!
「よーし、この街を食べ尽くすぞー!」
「ララート様、待ってください! 先に宿へ行くんじゃなかったんですか!?」
「前言撤回! あんなこと言われたら、すぐに食べなきゃ失礼だよ!」
「もー! 調子いいんですから!」
「わんわん!」
慌てて私の後を追いかけてくるイルーシャとフェル。
二人を引き連れて、私はおススメされた白帆亭を目指すのだった。
――〇●〇――
ウェブルの街を歩くこと十五分ほど。
街の人に場所を尋ねて、ようやく私たちは白帆亭へとたどり着いた。
表通りから路地を一本奥へと入った場所にあるお店は、かなり落ち着いた外観をしている。
軒先へとせり出した縞模様の屋根が、趣があってお洒落な感じだ。
いかにも、地元民の好みそうな隠れた名店という雰囲気である。
観光客向けの見栄え重視の店とは少し違った感じがする。
「おじさん、いい店を知ってるじゃん」
「これは良さそうですね!」
さっそくお店のドアを開けると、カランッと鈴の音がした。
それと同時に、ウェイトレスさんが出てくる。
タタタッと走って来て、なかなか元気のいい感じの女の子だ。
年は十五歳ぐらいだろうか、茶色のツインテールがとても良く似合っている。
「いらっしゃいませ! 二名様ですか?」
「うん。あと、犬が一匹いるんだけど大丈夫?」
「大丈夫ですよ。どうぞ!」
こうして案内されたのは、窓側のテーブル席だった。
とても日当たりがよく、さらに窓から吹いてくる潮風が心地よい。
私たちの鼻が慣れたのか、それとも時間帯の問題なのか。
風は爽やかで磯臭さもなく、何とも心地が良い。
「こちらがメニューです! 一番人気はシーフードカレーですね!」
「じゃあ、それを二人分。あと取り皿を貰えるかな?」
「わかりました」
「それと、テイオウイカの辛子漬けってある?」
私がそう言うと、ウェイトレスさんの表情がにわかに強張った。
……あれ、何か言っちゃダメなことでも言ったかな?
予期せぬ事態に、私とイルーシャはとっさに顔を見合わせる。
「あの、どうかしたんですか?」
「実はその……辛子漬けはいま材料が手に入らなくて。代用品で良ければあるのですが」
「あー、そういうことか。まあ、仕方ないね」
魚介類だと、どうしてもそういうことはあるからね。
流石にそこは、私もわがままは言わないよ。
というか、さっきおじさんが何かを言おうとしてたのってこのことだったのかな。
最後まで話を聞いとけばよかった。
「その代用品ってのをちょうだい。カレーの後でね」
「かしこまりました!」
そう言うと、厨房の方へと消えていくウェイトレスさん。
ふふふ、楽しみだなぁ……。
料理の到着が待ち切れない私は、足を組んでトントンと床を鳴らすのだった。
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