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第12話 イルーシャ、はじめての……

「なぁんだ、もう許されてたんだね」

「……ああ」


 涙を拭き、ゆっくりとこちらを向くボーズさん。

 その表情にもう憂いはなく、晴れやかなものとなった。

 そして、初めて会った時とは比べ物にならないほどの覇気が感じられる。

 どうやらこれが、過去のトラウマによって抑えられていたボーズさん本来の風格というものらしい。

 ……こりゃ思った以上だ、将来は一角の英雄にでもなるかもしれない。


「頑張ってね。それが仲間のためにもなるんだから」

「もちろん。そういうララート達こそ、これからどうするんだ?」

「そだね、とりあえず美味しいものが食べられればそれでいいかな。今のところは」

「相変わらず緩いやつだなぁ。その気になれば、特級にだってなれるだろうに」


 はて、特級とは何だろう?

 ギルドに加入するときに、サラッと説明を受けたような気もするけれど……。

 残念ながら、パッと浮かんではこなかった。

 するとボーズさんが、やれやれといった顔で告げる。


「特級と言ったら、ギルドからさまざまな特権を認められた全冒険者のあこがれだろうが。知らねーのか?」

「まあ、もともと冒険者になったのも成り行きだし? 出世欲もあんまりないからね」


 これについては、もともとエルフがそういう種族だというのもある。

 もしエルフに人間並みの支配欲や出世欲があったら、今頃は帝国でも作っているだろう。


「それよりも、早く食べないと唐揚げが……」

「……ララート様、ちょっといいですか?」


 ここで、イルーシャが小声で耳打ちをしてきた。

 んもう、タイミング悪いなぁ!

 何だろ、脂物は身体に悪いとか言うのかな?

 私はとっさに、唐揚げを山盛りにした皿を手で守りながら言う。


「この唐揚げは絶対に食べるからね! 邪魔はさせないよ!」

「そうじゃなくて。いいんですか、言わなくて」

「何を?」

「…………今日の戦い、ララート様もこっそり手を貸してましたよね」


 ボーズさんの様子を伺いながら、彼に聞き取られないように囁くイルーシャ。

 ああ、そっちか……。

 流石は我が愛弟子、魔力の微細な流れに気付いていたらしい。


「私がボーズさんに補助魔法を使ってたとでも?」

「はい」

「違うよ、あれは彼の実力」

「そんなことないですよ。それに、最初から倒そうと思えばあのエルダーフロッグも倒せましたよね?」

「どうして?」

「ララート様の火魔法って、いざとなったら葉っぱを打ち抜けるぐらいの精度あるじゃないですか」


 流石に我が弟子、師ができることはきちんと把握している。

 実のところ、私が本気になれば狙撃の様な精度で攻撃することもできるけれど……。

 でもここで、はっきり答えてしまうのも無粋って奴だろう。

 今回の物語では私はあくまで脇役、せいぜいかぼちゃの馬車を用意した魔女ぐらいの役割なのだから。


「無粋なこと言わないでさ。せっかく、上手くまとまったんだから」

「それは分かっているのですけど……。事実としてはっきりさせておきたくて」

「相変わらず真面目だなぁ。そんな顔してないでほれほれ」

「か、唐揚げなんて食べません!」

「そんなこと言わないでさ。お腹空いてるでしょ?」

「大丈夫です! 私にはお野菜が……あれ?」


 唐揚げの隣に、付け合わせとしておかれていた葉物野菜。

 それがいつの間にか、完全に消失してしまっていた。

 あー、唐揚げに比べて量が少なかったから食べられちゃったか。

 周囲を見渡せば、レタスで唐揚げを包んで食べている人たちがいる。

 へえ、ああして食べるのも美味しいのか。


「わ、私のお野菜が!」

「出遅れちゃったせいだね。うん、仕方ない」

「うぅ、これでは食べるものが……」

「だから、唐揚げ食べよ? んん……!」


 イルーシャにあえて見せつけるように、唐揚げを口に放り込む。

 ――サクッ!

 カラッとした衣の食感が伝わると、途端に濃厚な肉汁が弾けた。

 おぉ、これはまた鶏のから揚げとは違った美味しさだ。

 肉がしっとりとしていて柔らかく、噛めば噛むほどに旨味が出てくる。

 熟成された旨味とは、まさにこのことだろう。


 衣の食感も心地よく、塩ベースの味付けも絶妙だ。

 脂で重くなってしまいがちな唐揚げを、ほのかに苦みのある自然の塩がしっかりと引き締めている。

 なるほど、こりゃ塩がないとダメだってボーズさんが調理を断ったわけだ。

 エルダーフロッグはこうして食べるのが一番美味だとわかっていたのだろう。


「むはー、美味しい!! ほら、イルーシャも食べなって!」

「で、ですが……」

「平気だよ。里から離れているんだから大樹様も見てないし掟も適用されないよ」

「それ、本当ですよね?」

「うん、だから何度も言ってるじゃん」

「嘘じゃないですよね?」

「へーきへーき」


 私がこれだけ言っても、掟を破ることが相当に後ろめたいのだろう。

 イルーシャは周囲を何度も見渡し、他の同胞がいないことをしきりに確認した。

 そして天を仰ぐと、両手を組んで深々と頭を下げる。


「母なる大樹よ、お許しください。私、お肉を食べてしまいます……!」


 懺悔を終えたところで、イルーシャは思い切って勢いよく唐揚げを口に入れた。

 ――パクッ!

 その口が閉じられた瞬間、彼女の眼がカッと見開かれる。


「これが……お肉!?」

「どう? 美味しいでしょ?」

「お野菜とは違った濃厚な旨味が……洪水みたいに……ああ……!」


 頬を赤らめながら、身体をよじって悶絶するイルーシャ。

 よほど、お肉の味が衝撃的だったのだろう。

 何だか、ちょっとエロいな?

 美少女が息を荒くしてもだえる姿は、何とも言えない官能的なものがある。


「……はあ、はあ。衝撃的でした」


 数分が過ぎ、少し落ち着いたイルーシャがそう告げた。

 その姿は、さながら戦いを終えて来たかのようである。

 ふ、これでイルーシャもお肉の素晴らしさを知っただろう。

 これで口うるさいことを言われずに、制限なく好きなだけお肉が食べられるね!


「ま、今まで野菜しか食べてないエルフならそうなるよね」

「はい。ちょっとぐらいなら……良さそうです」


 お、あのイルーシャのガードがだいぶ緩んでいる……!

 これは勝ったな、私の食生活は安泰だ。

 ……そう思ったところで、イルーシャは急に緩んでいた表情を引き締める。


「でも、ララート様はお肉の食べ過ぎです! いくら美味しいからって、それだけを食べちゃダメですよ!」

「……まあ、今日はもうこれしかないし? しょうがないよね」


 そう言うと、私は唐揚げをフォークで刺してポイポイッと口に放り込んだ。

 禁断の二個まとめ食いである。

 ちっちゃい口をハムスターのように膨らませて、もぐもぐする。

 するとたちまち、イルーシャの眼が大きく見開かれた。


「ああ! 言ってるそばから! そんなにお肉ばっかり食べてると、身体を壊しちゃいますよ! エルフは菜食なんですから!」

「このぐらい大丈夫だって」

「そういう油断が行けないんです! それに、太ったらどうするんですか!」

「そうなったらイルーシャに面倒見てもらうから」

「だ~め~で~す~!」


 そのまましばらく、押し問答を繰り広げる私とイルーシャ。

 こうしてその日の夜は、騒がしく更けていくのだった。


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