第11話 小さなロケット
「こいつ、なんか美味しそうな気がする」
どことなく、あの日食べたドラゴンと似たようなものを感じる。
視覚でも嗅覚でもなく、本能に訴えかけてくるような何かがあった。
それはさながら、乾いた喉が水を求めるかのようだった。
すると、ボーズさんは呆れたように頭を掻きながらも言う。
「おいおい。こんなタイミングで食う気かよ! 感傷も何もあったもんじゃねえな!」
「ダメ?」
「ダメじゃねえけどよ。エルダーフロッグの唐揚げは美味いって言うしな。だが……」
「どうかしたの?」
「さっき塩を使っちまっただろ。こいつの肉は塩で臭み抜きしねえと、かなり臭みが出るぞ」
「じゃあ、いったんこいつを持って街に帰るしかないね」
「これをか?」
「そそ。ふふ、いいものがあるんだよね」
私はそういうと、大きな布の袋を取り出した。
ただの袋に見えるが、そんじょそこらの袋とはわけが違う。
極めて複雑な魔法陣を複雑に内側に織り込むことで、空間を拡張したマジックバッグなのだ。
エルフの大魔導師である私が、長い時間を掛けて作り上げた特製である。
その性能は素晴らしく、大きめのごみ袋ぐらいのサイズの袋にトラック数杯分ぐらいの荷物がまるごと収まる。
……でっかいカエルの死骸を入れるのに抵抗感があるのか、イルーシャは微妙な顔してるけど。
「おぉ、もしかしてそれマジックバッグか?」
「そうだよ。ふふふ、これならそのエルダーフロッグだってすっぽりだもんね!」
「流石はエルフ、すげえ……。あれ、でも」
感心しきりといった様子のボーズさん。
しかし彼は、ふとイルーシャの背中にあるリュックサックを見た。
――マジックバッグなんて便利なものがあるのに、なぜリュックを背負っているのだろう?
そんな彼の疑問に答えるかのように、イルーシャがため息交じりに言う。
「考えてみてください。広い倉庫に何でもかんでもポイポイ放り込んだら、後で大変ですよね?」
「確かに、探すのが面倒だな」
「だから、下手にマジックバッグを使うよりもリュックの方が便利なんですよ。それをララート様ったら、考え無しに家の物をぜーんぶ放り込んだせいで大変だったんですからね!」
じろっと私の方を睨みつけてくるイルーシャ。
……あれは、私たちが旅立ったその日の夜のことだろうか。
あの時はほんと、片付けが出来ないことの恐ろしさを思い知ったね。
私自身、まさか片付けを怠ったせいで死にかけるとは予想外だったよ。
なので結局、今ではマジックバッグに入れるのは普段使わない大物だけと決めている。
そのうち、マジックバッグに選別機能とかつけたいところだ。
「……まあ、そんなことは置いといて! とにかく、これがあればエルダーフロッグを持って帰れるよ!」
「よし、今夜はこいつで唐揚げ大会だな」
「やったぁ! じゃ、この冒険者の人たちは……。フェル、ちょっと重いだろうけど頼める?」
「わうぅ!」
大丈夫とばかりに頷き、身体を大きくするフェル。
大きくなったその背中に、まだ意識の戻らない冒険者たちを乗せた。
足が沈んで毛皮が汚れてしまうが、緊急時なので仕方あるまい。
あとでしっかり、フェルの身体を洗ってあげよう。
「さあ、戻るよ!」
「はい!」
こうして私たちは、湿地帯を離れて街へと戻るのだった。
――〇●〇――
「うわぁ……!!」
その日の夜。
無事にエルダーフロッグを持ち帰った私たちは、さっそくギルドの酒場でそれを調理してもらった。
もともとが、怪獣並みの大きさをしたエルダーフロッグである。
そこから取れる肉の量は半端ではなく、街のみんなが食べられるぐらいの量があった。
当然ながら、それを材料にして出来上がった料理の量も半端なものではなく――。
「完全に山だな」
「登山ができそうですね」
見たこともないぐらい大きな皿の上に、これまた見たこともないぐらい積み上げられた唐揚げの山。
山というのは比喩ではなく、本当に人が登れそうなぐらいのサイズ感がある。
軽く百人分以上はあるなぁ。
その大きさに、ボーズさんもイルーシャも完全に圧倒されていた。
食欲旺盛なフェルでさえ、ちょっと引き気味である。
「さあ、みんな食べて! おかわり自由だよ!」
「俺たちもいいのか?」
「もちろん! というか、こんなの食べきれるわけないよ!」
酒場にいた冒険者たち全員に、すぐさま呼びかける。
いくら食欲にまみれた私とはいえ、これほどの大物を食べ切るのは無理だからね。
たちまち、食欲旺盛な冒険者たちが皿を手に唐揚げへと群がった。
うんうん、何とも平和的で良い光景だ。
「いたいた! おーい!」
こうして、皆で唐揚げを食べようとした時だった。
急に二人組の冒険者がこちらに近づき、声を掛けてくる。
その顔をよく見ると、先ほど救出した二人だった。
「おー、回復したんだ」
「はい。もともと、ただの脳震盪だったようで。おかげさまでもう元気です」
「先ほどは本当に、ありがとうございました。何とお礼を言ってよいやら……」
深々と私たちに頭を下げる冒険者たち。
それに対して、ボーズさんはいやいやと首を振って言う。
「当然のことをしたまでだ、感謝なんていらねえよ。それに、これは俺の罪滅ぼしみたいなもんだしな」
「罪滅ぼしというと?」
「まだ俺がガキだった頃にも、あのエルダーフロッグと戦ったことがあってな。で、
俺は当時の仲間を……助けられなかった。いや、見殺しにしちまったんだ」
重々しく告げるボーズさん。
それを聞いて、二人の冒険者は石化したように言葉を失った。
何といってよいかわからないとは、まさしくこのことだろう。
彼女らはしばし動きを止めた後、やがてゆっくりとお互いの顔を見合った。
そして――。
「そうだとしても、私たちは……ボーズさんに感謝します」
「悪いのはすべて、あのエルダーフロッグですよ!」
「そう思うなら、あんたたちは逃げた仲間のことを許してやってくれ。俺みたいな奴は増やしたくねえ」
ボーズさんにそう言われ、ハッとしたような顔をする二人。
恐らく、彼女たちにとってはよっぽど予想外の言葉だったのだろう。
……ここで自分の救済じゃなくて、他者の救済を望むなんてボーズさんらしいや。
私は彼の人の好さに、心が温かくなるような気がした。
「……わかりました。明日、話し合ってみようと思います」
「そうしてやれ。多少、わだかまりは残るだろうが……それが救いになる」
「はい!」
再びボーズさんと私たちにお辞儀をすると、二人の冒険者は雑踏の中に消えていった。
彼らの姿が見えなくなったところで、私は渋い顔をしているボーズさんに話しかける。
「良かったの、あれで」
「あれ以外にどうしろってんだよ」
「まあそうだけどさ。もうちょっと自分のこと考えたら?」
「自分のことだけ考えられる年じゃねえんだよ、もう」
こうして、私たちが話をしていた時だった。
先ほどエルダーフロッグを預けた解体場のおじさんが、こちらに駆け寄ってくる。
「良かった、ここにいたんだな」
「なんだ、親父。解体料ならもう払っただろ?」
「そうじゃなくてな。あのカエルの腹から出た物を渡しに来たんだよ。モンスターから出た物はすべて、冒険者の物になる規則だからな」
「あいつ、武器でも食ってたのか?」
「そうじゃないんだがな。たぶん、お前さんが喜ぶものだ」
そう言っておじさんが取り出したのは、小さな銀製のロケットだった。
微かにだが、魔力の気配がする。
それを見た途端、ボーズさんの顔色が変わった。
「これは……ニアの……」
「保護魔法のおかげで、溶けずに残ってたんだろう。中を見てみろ」
「あ、ああ……」
おじさんに言われるがまま、ボーズさんはロケットの蓋を開けた。
すると中には、折りたたまれた小さなメモ用紙のようなものが入っていた。
茶色く変色したそれを開くと、そこには――。
「……生きて、か。許されてたんだな……」
ボーズさんの眼から、はらりと涙がこぼれたのだった。
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