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第9話 沼地の戦い

「……なんか妙だね」


 翌朝。

 引き続き、ギガルーパーの討伐をしていた私たちは沼地の異変に気付いた。

 昨日と比べて、妙にモンスターの数が少ないのである。

 討伐対象であるギガルーパーはもちろんのこと、それ以外の小さなモンスターまでほとんど姿を見なかった。

 もともと静かだった沼地はさらに深い静寂と霧に包まれ、さながら別世界のよう。

 お互いの呼吸の音まで聞こえて、何とも嫌な雰囲気だ。


「そう言えば、あの日の森がこんな感じでしたね」

「あの日?」

「ドラゴンが里を襲った日です。あの日の森って、動物がみんな逃げてすっごい静かだったじゃないですか」

「ああー……。言われてみれば」


 前世の記憶を取り戻す前後のことは、若干あいまいになっちゃってるんだけど……。

 言われてみればあの日、森は恐ろしく静かだった気がする。

 もしかして、何か凶悪なモンスターがこちらに接近している予兆だろうか?

 私がとっさにボーズさんの方を見ると、彼はにわかに眼つきを険しくする。


「そうだな……。昨日、派手に狩りをしたからモンスターが逃げたのかもしれない。あるいは……」

「あるいは?」

「ハズレが出てくるかだな」


 ボーズさんの言葉に緊張が高まる。

 ここで私は、さっと手招きをしてフェルを呼び寄せた。


「フェル、エルダーフロッグの臭いは覚えてる?」

「わん!」

「じゃあ、それと似たのが近くにいないか警戒して。気を付けてね」


 身体を大きく変化させると、ゆっくりと歩き出したフェル。

 さて、蛇が出るか鬼が出るか……。

 いや、異世界だからオーガとかかな?

 そう思った矢先、フェルが鋭く吠える。


「わん! わんわんわん!!」

「……んん? あれは?」


 フェルの視線の先には、沼地を走る数名の影があった。

 段々とこちらに近づいてくるそれは、冒険者のパーティであろうか。

 体力を消費するのも構わず、ぬかるんだ沼地を懸命に走っている。

 様子からして、あれは何かに……。


「危ないっ!」


 赤黒い何かが冒険者たちに迫った。

 私はとっさに炎を放ち、ギリギリのところでそれを破壊する。

 ――ドシャッ!

 あまりの速さゆえによく見えなかったが、それは肉の塊のようなものだったらしい。

 ひょっとしてあれは……舌か?


「た、助かった! ありがとう!」

「あんたたちも早く逃げろ、早く! あいつが来る!」


 私たちの近くまでやって来た冒険者たちは、真っ青な顔で逃げるように言ってきた。

 そしてそのまま、軽く頭だけを下げると凄い勢いで走り去っていく。

 先ほどの舌といい、どうやらエルダーフロッグに襲われていたらしい。

 それもこの様子からして……。


「助けて! みんな、置いてかないで!」


 やがてどこからか、女性の悲鳴が聞こえてきた。

 これはいったい……なんだ?

 私たちが険しい顔をしていると、やがて霧の向こうからエルダーフロッグの群れが姿を現した。

 さらにその奥から――。


「なっ!」


 ドシンと大地を揺さぶる足音。

 それと同時に、ドラゴンにも負けないほどの巨躯を誇るカエルが姿を現した。

 ……本当にデカい。

 昨日倒したエルダーフロッグの三倍以上はあるだろうか。

 スケール感がもはや、モンスターというよりも怪獣である。

 そして悍ましいことに、その口には二人の冒険者が咥えられていた。

 ……どうやらこいつが、ボーズさんの言っていたハズレのようだ。

 群れを従えるその姿は、エルダーフロッグの王と言っても過言ではない。。


「助けてくれ! 早く!」

「見捨てないでくれ! おい、置いていくな!」


 私たちの方を見て、口々に助けを求める冒険者たち。

 ……こいつ、わざと呑み込まずに人間を肉壁として利用しているのか?

 何とも悪趣味だが、実に効果的な方法だった。

 エルダーフロッグの弱点は口だが、それを見事に塞がれてしまっている。

しかも、呑み込まれまいと冒険者たちが暴れるせいで攻撃しづらいことこの上ない。

あれだと、私の火魔法はおろかイルーシャの風魔法も当てられないな。


「……まずいですね。あれじゃ魔法が使えないですよ!」

「カエルの癖に、なんって悪趣味なやつ」

「……同じだ」


 ここで、ボーズさんが掠れた声でそう言った。

 その顔は色を失い、眼は完全に絶望に染まっている。

 さらに全身の筋肉が震え、一流の冒険者であるはずの彼がさながら幼子のようだった。


「同じって、何と?」

「十年前とだ。あの時も、あのエルダーフロッグはああやって仲間を人質に取って……俺は……!」


 嗚咽しながらそういうと、ボーズさんはゆっくりとその場に膝を折った。

 彼はそのまま、天に向かって懺悔するように言う。


「あの時、俺は逃げた。助けを求める仲間を捨てて、自分一人で……」

「それで、生き残ったんだね」

「ああ! 俺は最低の冒険者だ! みんなを犠牲にしたクズなんだ!」

「……そうだね」


 私はあえて、ボーズさんの言葉を否定しなかった。

 ここでそんなことないというのは簡単だった。

 しかし、それをしてはならないと思った。

 たちまち、イルーシャがぎょっとしたような顔をする。


「ちょ、ちょっと! それはあんまりじゃ……」

「だって、仲間を置いて逃げるのは良くないよ。少なくとも、英雄的な行為では全くない。……でもさ」

「でも?」

「最初っから強い人間なんていない。みんな弱虫なんだよ。挫折して、そこからどう立ち上がるかが重要なんじゃないかな」


 私がそう言ったところで、巨大エルダーフロッグがパンッと手を叩いた。

それと同時に、配下のエルダーフロッグたちが一斉に飛び掛かってくる。

こいつら、思ったより統率取れてるなぁ!


「危ない!」


 敵の予期せぬ機敏さに、反応が遅れてしまうボーズさんとイルーシャ。

 一瞬だが動きが止まってしまった二人を、私は全力で突き飛ばした。

 次の瞬間、二人が立っていた場所を変える質の巨大な身体が押しつぶす。

 ――ズシンッ!

 その様子はさながら、ちょっとした隕石のようだ。


「大丈夫!?」

「何とか……」

「いたた……!」


 二人を下敷きにしてしまったものの、幸い、地面が柔らかかったため怪我はないようだった。

 すぐに起き上がった私は、改めてボーズさんを見据える。

 ……残念ながら、もはや悠長に説得している時間はあんまりない。

 何とか、早くボーズさんに立ち直ってもらわないと。


「いま頼りになるのは、近接栓ができるボーズさんだけだよ」

「だが……」

「また、同じことを繰り返すの?」

「それは……」

「ここでエルダーフロッグが出てきたのは、むしろチャンスだよ。今度こそ倒して、前に進んでいこう。ずっと後悔し続ける辛さは、ボーズさんが一番よく分かってるでしょ?」

「……そうはいっても、あんなデカブツに勝てるのか? 十年前より倍ぐらいデカいぜ?」


 わずかにだが、ボーズさんの顔に生気が戻ってきた。

 光を取り戻したその眼は、紛れもなく戦士の物。

 私の言葉で奮起したのか、それとも自棄になってしまったのかは分からない。

 だがとにかく、彼はエルダーフロッグと本気で戦うつもりになってくれたようだ。


「むしろ、デカブツだから勝てるよ。それに奴は人質を抱えているから、口を完全に開けないハンデもある」

「なるほど。だが、それでもあいつの外皮は厄介だぞ」

「そこはほら、知恵を絞って」

「簡単に言ってくれるなぁ! 頭脳担当はエルフの仕事だろうに!」

「種族差別はダメだよ。私はあくまで魔導師、近接戦は専門外だから」


 そうこう言っているうちに、ズシズシとこちらに近づいてくるエルダーフロッグ。

 動きの速い舌と比べて、本体の動きは巨体に相応しく緩慢だった。

 その様子を見ながら、ボーズさんはやれやれと顔をしかめる。


「…………最後に、伝言を頼んでもいいか?」

「やだ」

「おいおい、何だよそりゃ?」

「どうせ俺が負けたらとか言うんでしょ? 縁起でもないよ!」

「……仕方ねえな。はああああっ!!」


 決意を固め、斬り込んでいくボーズさん。

 こうして私たちと巨大エルダーフロッグとの戦いが始まるのだった。

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「いま頼りになるのは、近接栓ができるボーズさんだけだよ」 接近戦ですかね……
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