選挙の電話かけ
※ブラックユーモア的ギャグですが、ちょっと考えるとホラーになります。
「今度の知事選挙が、政治をよくするチャンスなんですよ」
知り合いのAさんに言われて、確かにそうだな、と思った。
不正が横行し、暮らしは貧しくなり、金持ちばかり優遇されている現在。変化は絶対必要だと感じた。
現職のB氏に対抗して出馬したC候補が、市民目線の政治を実現してくれるはずだ、そこでC候補を知ってもらうための電話かけを手伝ってほしいとAさんは言う。
なるほど。もちろんボランティアであるが、世の中がよくなるなら、少しくらい手伝ってみようか。
そう思ったのが運の尽きだった。
「突然の電話ですみません。こちら知事候補のC選挙事務所ですが、今回の選挙でC候補を応援していただければと電話しました」
相手の反応をうかがう。迷っているようなら、良さをアピールするチャンスだと身構える。
「あ、結構です」
一言言うなり、電話は切れてしまった。
ちょっと待て、「結構です」ってどういうこと?
自分の生活に直接関わるんだから、投票する権利をもった主権者として、少しは考えとかあるものなのではなかろうか。めんどくさい電話にかかわりたくない、きっとそんなことしか思っていないのかもしれない。
ため息を一つつくと、次の家に電話をかける。
「突然の電話ですみません。こちら知事候補のC選挙事務所ですが、今回の選挙でC候補を応援していただければと電話しました」
さっきのこともあるので、反応が悪かったら、少しお話いいですか、とか切り込んでみようかと身構える。
しかし、相手の反応は予測を上回っていた。
「間に合ってます」
やはり、すぐに電話を切られてしまった。
いや、ちょっと待て。間に合ってないから、今の政治がこんなひどいことになってるんでしょうがとツッコミたい。何がどう間に合ってるのか膝詰めで問い質したい。そう思っても、さすがにそんなことはできないが。
再度のため息の後、続けて電話をかける。
「突然の電話ですみません。こちら知事候補のC選挙事務所ですが、今回の選挙でC候補を応援していただければと電話しました」
今度こそまともな反応が欲しい。そして、それはある意味実現した。
「関心ないですから」
一応選挙と理解してるだけ、さっきの二件よりましだ。頭が高速で回転する。せめて一言でも切り込みたい。
「そうですか。でも、政策見ていただいて、投票に足を運んでくださいね。よろしくお願いします」
「はあ、分かりました」
そうして電話は切れた。一言は言えた。良しとすべきだろう。
電話に出ない人、留守番電話の人も多かった。留守番電話には、政治をよくするC候補をよろしくお願いします、とメッセージを残した。二十数件かけたが、
「そうですね、Cさん応援してます。頑張ってください」
と言ってくれたのは一件だけだった。徒労感はぬぐえなかったが、その一件に救われた気がした。
そんな感じで手伝いは終わった。一緒に電話をかけていたAさんは言った。
「ほんとに自分と関係ないと思ってる人、多いよね。でも、一人でも考えてくれる人を増やすには、こうやって地道にやってくしかないからね」
何と気の遠くなることだろうか。
Aさんのように、あきらめずにこうした努力をしている人たちに、改めて敬意を覚えた一日だった。
※事実を下敷きにしています。事実は小説より奇なりとはよく言ったものです。