コース:これはアフターケアです!?2
(おぅ、私服だと余計にスゴイ存在感だな……)
振り向いて一番に目が惹かれてしまう、純寧のたわわに育った発育のいい胸。それをさらに強調させるのを狙ってか、白の縦ニット。
「……ど、どうかしましたか?」
だが純寧にはそういった意図はなく、目を丸くさせている結芽の様子に小首を傾げた。
「結芽さん?」
「あ、いえ、何でもないです。意外と早かったなって」
「あまりお待たせするのも申し訳ないと思いましたので」
「別にそれくらいは……」
同性だからというのもあり、ある程度は身支度に時間がかかる理解はあった。
だけど、ほんの数分とかかっていない。
素直で真面目な性格故なのか、なんとも純寧らしい理由だった。
(はぁ、こんないい娘……)
逆に結芽は、今回の一件が尾を引いている。
どこか眩しい存在を眺めるように、純寧を直視できなかった。
「……?」
だから、落とした視線の先に食い入ってしまう。
「それでどこに行きますか?」
少し寒さに震えた素振りを見せる純寧に、結芽は気にせず手を伸ばす。
「お腹が寒そうですよ」
「ッ!?」
無防備に近い純寧のお腹、それを覆い隠す白の縦ニットを引っ張った。
だが、不思議と裾の部分が伸びない。
「ゆ、結芽さんッ!?」
「ああ、いや。気になって」
純寧の純粋な性格とは違った、結芽の単純な好奇心。
グイグイと引っ張ってしまっているが、一向に純寧のお腹を隠してくれない。
「あ、あの、去年は着れてたんです……。ただ、何度も洗って縮んだのかと……」
身を捩じらせてくすぐったがる純寧に、結芽は眉根を寄せた。
(……いや、その胸も一因なのでは)
結芽にとっては羨ましくもあり、無いものねだりの悩み。
それでも有るものからすれば、一つの悩みのようだ。
「それは仕方ないですよね」
それにモヤッとして、結芽は純寧の羽織るロングコートの前を閉じた。
「うッ……」
それが余計、純寧の豊満な胸を強調させた。
辛うじてお腹の部分を隠すことはできたが、閉じられなかった胸の部分が乗っかってしまっている。
その光景を目の前で、結芽自身が作り出してしまった事への敗北感。
「……ご飯、行きましょうか」
「えッ、あッ、はい……」
素に戻ったような、どこか落ち込んだ態度の結芽に、純寧は困惑気味になりながら後を追いかけた。
「あッ」
「ん?」
結芽が急に歩き始めたのが原因か、それを慌てた様子で純寧が追いかけたからなのか。
交通量の多い道路を前にしても、二人の間だけに響いた小さな音。
「ボタンが……」
純寧が羽織るコートのボタンがとれてしまった。
慌てて拾おうとしゃがんだ純寧だったが、逃げるように結芽の足元まで転がっていく。
「……なんか、ごめんなさい」
「結芽さんッ!?」
通り過ぎていく人目を憚ることなく、足元に転がってきたボタンを拾った結芽。そして頭を抱えるように蹲ってしまう。
挙げ句には、何に対しての謝罪なのか。
さっきからメンタルが降下気味の結芽に、純寧は寄り添うように肩を抱いた。
「あ、あの、どうか顔をあげてください」
「あ~うん。大丈夫ですよ、現実って辛いなって……」
「結芽さんッ!?」
そんな結芽を励まそうとする純寧だったが、その要因を作った部分を押し当てている。
だがそれ以上に、結芽を純粋に心配していた。
「……お願いです。……どうか、顔をあげてください」
「……純寧さん?」
どこか上擦った、鼻声に近い純寧の声音。
気になって顔を覗かせると、今にも泣きだしそうな純寧がいた。
(ああ、違う。そんな顔させたかったんじゃない……)
普段ではあり得ない、情緒の不安定ぷり。
それは結芽自身も、純寧の泣きだしそうな顔を見た瞬間に思わされた。
ついさっきまで純寧の施術を受けたばかりで、見っともない姿を晒してしまっている。それでも純寧は受け入れるように、結芽の事を否定しなかった。
だけどこうして、困らせるような事をして泣かせようとしてしまっている。
どうにかしようと脳をフル回転させるも、結芽は咄嗟にかける言葉や行動が思いつかない。
気づけば、純寧の頬に触れていた。
「結芽さん?」
「ごめんなさい、純寧さん。その、決して困らせたかったとか、そういうんじゃないんです。なんか、不思議な感覚ばかりで……」
上手く言葉にできず、主観的で曖昧な表現しかできない。
それが余計、結芽の感情を引きだしていく。
「結芽さん」
「ホント、さっきからごめんなさい。こんなつもりじゃ……」
急に頬を伝った涙に、慌てて手の甲で拭う。
(あれ……本当に、私どうしたんだろう……)
内心で戸惑いを隠せず、ただただ涙を拭い続ける。
「……大丈夫ですよ、結芽さん」
「ッ!?」
そんな結芽を、純寧は優しく抱き締める。
「何があったかわかりませんけど、私がいますよ」
(なに、この感じッ!?)
人肌というには、身に纏う衣類がある。
だけど結芽を、目に見えない何かが包み込むように広がっていく。
「だからどうか、泣き止んでください」
ついさっきまで泣きそうだった純寧が、今度は励ますように結芽の耳元で囁く。
たったそれだけで、結芽が流していた涙は止まった。
「あ、あれ?」
その理由がわからず、結芽は困惑を隠せない。
「……収まりましたか?」
「あ、はい」
ただ言えるのは、純寧が何かをしたという予感だけ。
(……この娘、何者??)
ただただ疑問だけが結芽の脳内を支配していく。
だがそれも、小さな可愛らしい音が遮った。
「……お腹、空きましたね」
「……そうですね」
タイミング的にほぼ同時。お互いに聞き間違いじゃないかと否定しようとするも、再びお腹の音が二人分鳴った。
だから笑い合うしかなく、支え合うように立ちあがる。
「とりあえずお店入りましょうか」
そう告げる結芽に、純寧は屈託のない笑みを向けた。
「はい」
気づけば周囲からの奇異な視線が多く集まっていた。中にはどこか悟ったような、酔っ払い同士の縺れといった見守る空気感。
それがいたたまれず、結芽は純寧の手を引いて足早にお店へと駆け込んだのだった。
どこか慌てたように来店してきた結芽達の事情を知るわけもなく、どこの外国出身かわからない従業員の片言な挨拶。時間帯的に空いているのもあって、四人掛けの席を使わせてもらうことにした。
(……本当にここで良かったのだろうか)
そしてすぐ、結芽は後悔していた。
勤め先の会社からも近く、お財布に優しい某チェーンの中華料理屋さん。
しかも始発まで営業しているのもあって、終電に乗り遅れて途方に暮れることなく持ち帰った仕事ができる。
時には大型トラックの運転手や、酔っ払った若者たちがちらほらと。
けど今は、お客さんは結芽と純寧だけの貸し切り状態。
(こんな遅くに脂っこい中華料理とか、私は別にいいけど! どこからどうみても美容と健康どころか、プロポーションを気にかけてますっていう娘を!!)
今からでもお店を変えようかと、向かいに座る純寧に見えないテーブルの下でスマホを取りだしていた。
「あの、結芽さん。ここはどういったお店なんですか?」
だけどそれも杞憂で、純寧は店内の装いに興味津々の様子。
「えっと、中華料理屋です……」
何が純寧の興味を抱くのか、気になって視線を追ってしまう。
「すみません、こういったお店に入る機会があまりなくて」
「そう、何ですね……」
そんな一言に、納得してしまう。
(何かごめんなさい! 咄嗟にここしか思いつかなかったんです!!)
純寧に聞こえるわけもなく、結芽は内心で盛大な言い訳を吐きだす。
「それでそれで、どうお料理を頼めばいいんですか」
内心で叫ぶ結芽を露知らず、純寧は興奮気味に上体を前のめりにしていく。
「ああ、このタッチパネルで……」
「わ、これなら私でも気軽に頼めそうです」
テーブルの脇にラミネート加工されたメニュー表と、一台のタブレットが充電器と共に置かれていた。
さっそくタブレットに手を伸ばした純寧とは別に、結芽はラミネート加工されたメニュー表を開いた。
(とはいえ、そんなにメニューが変わってるわけもないか)
淡い期待を抱きつつも、つい数週間前にも来店していた。
何となく期間限定メニューを注文したりもするが、やはり安定した不動のラインナップを選びがち。
メニューを選ぶ振りをしながら、そっと純寧の様子を窺う。
「セットメニューがいっぱいですね。……ああ、こっちは単品。え、サイドメニューもこんなに」
(……何だろう、微笑ましいな)
スマホと同様に、タブレットの存在事態は珍しくない。中には人手不足を補う配膳ロボも普及し始めている。
だがそれに、純寧が興奮しているわけじゃない。
「あの結芽さん、このお店では何がおススメですか!?」
「え、おススメ?」
陽が落ちた外とは違った明るい店内。紫紺色の瞳は怪しさよりも、興奮したような輝きを放っていた。
そんな純寧の姿に、結芽はにやけ顔を隠せない。
「……何が可笑しんですか」
「あ、いや……フフ」
「もぉ、何なんですか?」
訝し気に眉根を寄せる純寧に、結芽はさすがに耐え切れず口元を片手で隠した。
「良かったら単品で何品か頼んで、一緒に食べません」
「……それは妙案ですね」
普段はセットか、単品を一つだけ注文する。
だけど今は二人。
純寧がどれだけ食べるかわからないが、同じ料理をシェアし合う。たったそれだけでも、普段の食事から様変わり。
それと、何となく豪遊した気分にもなれる。
(まっ、今日くらいわね)
結芽の提案に、純寧はさらに悩み始めていく。
「これも、けどこっちも捨てがたい……」
「ちなみに普段からケッコー食べる方?」
「そんなことはないと思いますけど、どうでしょう」
「それもそっか」
結芽自身も誰かと食べ比べをしたことはない。
何を基準としていいかわからないが、普通という認識がある。
だけど今は、かなりの空腹状態。
原因は不明だが、癒し処【リリートリア】で純寧の施術を受けて、外での悶着があってから。
「とりあえず気になったのから頼んでこっか」
「そ、そんな決め方もあるんですね」
絶対にそんな注文の仕方をしない結芽だったが、純寧に任せていたら決まりそうにない。だから半ば強引にタブレットを操作して、単品メニューをカートに入れた。
「あ、それと何か飲む?」
「……お水以外にもあるんですか?」
「……ま、まぁ」
来店して席に座った、そのタイミングで店員から水の入ったグラスを貰っている。後は水の入ったピッチャーがテーブルに置かれていて、確かに事足りてしまう。
それをまさか、水以外ないという認識の純寧。
(この娘、どんな環境で育ってきたんだろう)
ちょっとした疑問が、結芽の中で興味に変わった。
「ほらこれ、ドリンクのメニュー」
「お料理以外にもたくさんあるんですね」
タブレットで料理のメニューを眺めていた時と同様、純寧は声のトーンを微かにあげた。
「普段お酒とかは……」
「家族が飲むのを見たことはありますけど、特には……」
概ね想定通りの返答に、結芽は考える素振りをした。
(未成年ってわけでもないし勧めるのも……けど、初対面相手にそれはなぁ~)
明日も結芽は仕事だが、一杯くらいは飲みたい気分にいた。
だからといって無理に付き合わせるのも、誘ったこともない。
しかも相手はほぼ初対面で、一滴も飲んだことのない可能性もある。
「こっちはお酒の入ってない――」
「その、私も飲んでみてもいいですか」
画面を操作して結芽はソフトドリンクを勧めようとしたが、純寧が食い気味に興味を示してきた。
そんな純寧を、無下にはしたくない。
(もしもの時は送ればいっか)
半ば恐怖ではあったが、結芽自身も飲みたい気分を抑えられない。
「私はビールにするけど……」
「じゃあ、それで」
元よりメニューも限られていたが、まさか同じモノを選んでくる。
「む、無理しないでよ?」
「……はい?」
単品の料理を注文した後からのドリンクだったが、一番にジョッキが二つ運ばれてきた。
「液体の上に泡が」
「そ、そういうものだからね」
ジョッキに注がれた黄色い液体が中でシュワシュワと音を立て、白い泡も弾けるように減っていく。
その光景を、まるで水槽の中を眺めるように覗き込んでいる純寧。
「とりあえず飲もっか」
「あ、そうですね」
いつまでもそうしていても良かったが、付き合いで最初の一杯が飲めるようになった結芽は待ちきれない。
ジョッキを掲げるように持ちあげると、真似したように純寧もそうする。
「乾杯」
「か、乾杯」
不思議そうに目を丸くする純寧を前に、結芽は躊躇なくジョッキに口をつけた。
そして、勢いに任せて液体を流し込んでいく。
「ん~!!」
あっという間に三分の一くらいを飲み終え、結芽は奇声を発してジョッキを置いた。
「な、なるほど」
豪快に喉を鳴らす結芽の姿に、純寧は両手で持っていたジョッキを見下ろす。
「あ、一気には――」
ふと我に返った結芽は、純寧が飲んでいないことに忠告をしようとしたが遅かった。
結芽に負けない勢いでジョッキに口をつけ、耳心地よく喉を鳴らす。
「んッ!?」
だがそれも一口で終わり、純寧は激しく咳きこみながらジョッキを置いた。
「だ、大丈夫……?」
「ゴホッ……は、はい……」
口元を使い捨てのおしぼりで押さえた純寧は、それから何度も咳き込みながらも呼吸を整えていく。
その様子にいたたまれず、結芽はジョッキで口元を隠していた。
「すみません、初めて飲んだもので……」
「あ~いや、こっちこそごめんね」
「あ、謝らないで下さい。色々と勉強になりましたから」
謝罪する結芽に対して、純寧もどこか落ち着かない雰囲気を醸しだす。
そんな事を知る由も、気にかけた様子の無い従業員が、結芽達が注文した料理を運んでくる。
僅かな沈黙の間を引き裂く仕事ぶりに、結芽はどこか安堵したように箸を持った。
「冷めないうちに食べよ」
「あ、はい」
促されるように純寧も箸を手にしたが、表情が険しくなっていく。
(やっぱりこれだよね~)
純寧をよそに、結芽の箸はいつものおつまみに。
どこにでもありそうな、薄切りにされたチャーシュー。上には薄く斜めに切られた白髪ネギが盛られ、決めつけには少しピリ辛のタレがかけられている。
たったそれだけでご飯も食べれるが、お酒にも合うことを最近になって知った。
口内に残る脂っこさと辛さをビールで流し込み、結芽は一息吐く。
「……」
「えっ、ど、どうかしたの……」
気づけば純寧がジッと結芽の行動を観察、力強い眼差しで見つめていた。
誰かに食べている姿を見られていることに、結芽は目を白黒させる。
だが、純寧は黙ったまま手を、箸を動かして一枚のチャーシューを掴んだ。それを恐る恐るといった様子で口へと運び、ゆっくりと咀嚼していく。
シャキシャキとした白髪ネギを噛む音。
次いで飲み込んだかと思うと、ついさっき咳き込んだビールを飲み始めた。
「んッ!?」
まるで結芽の一挙手一投足を真似したかのような行動に、純寧は紫紺色の瞳を輝かせた。
「美味しいです!!」
「それは……良かったね……」
お世辞や繕った様子もなく、純寧の純粋な感想。
ただ結芽からすれば、安いチェーン店のメニューでしかない。
(そんなに喜ばれると複雑なんだけど……)
苦笑いを浮かべながら、結芽は枝豆に手を伸ばす。
「ふむふむ」
再び倣うように、純寧も枝豆に手を伸ばして口にした。
「食感がいいですね」
「そういう食べ物だからね」
頬を綻ばせる純寧に、結芽は端的にしか答えられない。
(そんなこと気にしたことないけど……面白い事言うな……)
だが料理は他にも注文していた。
それを前に、純寧はどれにするかと無言で訴えてくる。
だから困ってしまう。
「純寧さん、自分が気になるの食べていいですよ」
「そ、そうは言いますけど、こういったのはマナーがあるのかと思って……」
「マナーって……」
残念なことに、結芽は産まれてからテーブルマナーとは無縁の生活を送ってきた。
ただそれでも箸の使い方くらいは教えられている。
それくらいだ。
純寧のように生きてきた世界が明らかに違う人種は初めてで、対応に困らされる。
思案した故に、結芽は純寧に一つ提案した。
「好きなのを自由に食べる。……それがマナーって感じです」
「なるほどビュッフェですね」
(そうきたか……)
遠からず近からずといった連想だったが、結芽は深くツッコまない。
「これは知ってます。よく家で作りますから」
「自炊するなんて偉いですね」
「……そうですか?」
こんがりと焼き色のついた餃子。
結芽にとっては気が向くこともなければ、一人暮らしを始めた初期くらいに頑張っていた記憶が懐かしい。
今となっては起きたら仕事に向かい、食事はコンビニのお弁当。もしくはスーパーの値引きされたお惣菜が多い。
栄養バランスの偏りを気にするどころか、ただ食べているに近かった。
これといった食の好き嫌いや、偏食というわけでもない。
気づいたらそんな生活を送っていた。
そんな事を見透かしたように、実家に帰った際に注意もされている。しかも具体的に、まるで結芽の私生活を覗き込んだかのような的確さ。
(……何が違うんだろう)
年が近くて、同性として魅力的な身体つき。
それに加えて料理もできる。
これで人見知りじゃなければ、言い寄ってくる異性が多いのではないだろうか。同性だったとしても一度は振り返ってしまう程に、純寧は人目を惹く。
「んん! 美味しいですッ!」
「そんな大げさな」
いちいち反応が大袈裟すぎる純寧に、結芽は苦笑いを浮かべた。
だけど美味しそうに食べている姿を見せられると、例え工場で大量生産されたモノだと知っていても、そう思えてしまう。
注文した時は六個あった内、一個は既に純寧が食べている。
だが、シェアするために注文した気にしない。
結芽も一個を箸で掴み、醤油とラー油を混ぜて作ったタレに浸した。
「うん、美味しい」
「ですよね!」
しみじみと食べ慣れた餃子を咀嚼しながら、やけにテンションが高い純寧と食事を続けていった。
時折だが、店の奥から従業員男性の叫ぶ声も聞こえてくる。
(……あれ、飲みすぎたかな?)
その声に重くなっていった瞼を開き、結芽は左右に頭を振った。
「それにしてもビールというのは美味しいですね。父が飲んでいる姿を見たことがありましたが、こうして私も口にすることがあるなんて」
「私も家では飲まないかな」
どこか舌足らずな結芽の言葉に、純寧は真顔で瞼を瞬かせた。
「そうなんですか? てっきり飲む機会が多いのかと思ってました」
いくら仕事を定時で終えたり、翌日が休みだからと飲みに行くことはしない。とにかく帰って寝たいという欲求が強く、真っすぐと帰路に就き泥のように眠っている。
よく残業で終電を逃して時間を潰すため、明け方まで開いているお店に長居をするが一滴も飲まない。
今回は本当に稀であった。
「ん~確かに仕事の付き合いではあるけど、こうしてプライベートで誰かと飲むのは初めてかな……」
考え込むように、結芽はジョッキに口をつけた。
倣って、純寧もジョッキに口をつける。
ほぼ同じタイミングで一息つき、しばらく見つめ合う。
「フフ」
「ヘヘ」
自然と笑みを浮かべながら、二人は食事を続けた。
結芽はテーブルに置かれた料理をチビチビと摘まみ。純寧は飲むペースが早く、ビール以外のアルコール飲料を注文しながら箸を止めない。
(……純寧さん、よく食べて飲むな)
時間の経過とともに結芽の意識は遠のいていき、気づけば舟をこいでいた。