コース:これはアフターケアです!?
「……迷惑じゃなかったな」
狭いエレベーターの中、純寧は独り呟いた。
勇気を振り絞って結芽に声をかけ、一緒に食事という流れになった。
どうしてそうしたのか、純寧自身もわからない。
だけど、そうしたかった。
軽快な音ともにエレベーターの扉が開き、純寧にとって見慣れた店内に一息吐く。
(……たしか他のお客様が施術中だったな)
微かな会話が、別の個室から聞こえてきた。
片方は癒し処【リリートリア】の従業員で、もう片方のお客様は数日前から予約していた常連さん。
結芽の施術終わり間際、入れ替わる形で来店している。
(退勤するから声をかけないと)
誰かの施術中、純寧が退勤する時に声をかける事はない。
その理由としても大半が裏方、事務や受付に座って業務をしている。
だから退勤前に他の従業員に挨拶をしてきたが、今回が初めて。
(えっと、えっと、お客様に迷惑をかけないように……)
足音を忍ばせるように個室へと近づき、降ろされたレースのカーテン越しに頭を下げた。
「お、お疲れさまです」
それに気づいて、施術中の従業員が器用に手を振り返してきた。
「ふぅ~」
たったそれだけの事に、控室の扉をそっと閉じて息を吐く。
初対面の人と話す時と似た緊張感に、胸のドキドキが収まらない。
「……結芽さんを待たせてる」
だけど、いつまでも留まっていられない。
自身に渇を入れるように純寧は更衣室へと向かい、癒し処【リリートリア】の制服から私服に着替えを済ませた。
春先とはいえ朝晩はまだ冷え込む。
それを踏まえて白の縦ニットに、クリーム色のロングコート。制服で身に付ける膝丈のスカートとは違って、普段はピタッとしたパンツが多い。
「よし」
念のため入り口前の姿見で前髪を整え、純寧は退勤した。