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エピローグ:不束者ではありますが……


 着替えを済ませた純寧を連れて、どこか通い慣れたビジネスホテルへ。


「……ここが」


「いま~……荷物まとめますね……」


 誰かを招くことを考えていなかったというのもあるが、結芽はあえて言い訳をせずに荷物をキャリーバッグに詰めていく。


(こんなことなら普段から片付けておけばよかった……)


 同性だからという恥を抱えながら、結芽は黙々と服を畳む。


 そんな結芽をよそに、純寧はどこか興味津々といった表情で一室を眺めていた。


「ベッドにお風呂……トイレもあるんですね~」


「……そんなに珍しい?」


 ウロウロと、純寧はそれ程広くない一室を歩き回っていた。


 ここで気を遣われないことに安堵しながら、純寧の行動をチラチラと観察する。


「キッチンがあれば住めそうですけど、お惣菜ばかりだとお金がかかりそうですね」


「う、うん……」


 実際、そんな生活を送っている。


 ただ元々住んでいた家でも似た生活だったため、純寧の言葉が刺さった。


「さて、行きますか」


 忘れ物がないかと確認し、結芽は窓辺から外を眺めていた純寧に声をかける。


「……この家具たちはどうするんですか」


 普通に考えれば女の細腕で運ぶどころか、業者にお願いしなければいけない。


 そこで結芽は、純寧という存在の認識を改める。


(……そうだった)


 居酒屋の時もだが、純寧からすれば未知の世界なのだろう。


 説明するべきかと悩んだ末に、これからお世話になる相手だ。


「これら家具は私のではなくて……一時的に借りていると言いますか……そういった施設何です」


「べ、便利なんですね」


 素で驚いてみせた純寧の表情に、結芽は焦りしか感じなかった。


(私……一緒に生活できるかな……)


 ノアとの時は、なんだかんだ上手くいっていた。とはいえ家主がノアで、転がり込むように結芽がいる。目に見えない立場が存在しつつも、仲良く家事の分担をしてきた。


 それが今では懐かしくも思いつつ、今後の雲行きが怪しさを増していく。


 今日までのホテル代を恐る恐る、片目を瞑りながら支払いを済ませた結芽。


「こっちです」


「あ、うん……」


 その後からは純寧の後ろをついていくしかなく、ガラガラとキャリーバッグをひく。


 道中で改めてビジネスホテルについて説明すると、純寧は驚き半分、感心した様子で耳を傾けていた。


「……だからか」


「……?」


 車の往来で純寧の独り言を聞き逃してしまったが、どこか得心がいったような表情を浮かべていた。



「ここです」


 ホテルを後にしてから十分くらい歩き、結芽は目を疑った。


「……本当にここ?」


「……はい」


 小さい頃、大きな建物を前にしてつい見あげたことはないだろうか。


 けど気づけばその回数は減り、都内に住んでいると当たり前のようにビル群がある。


 だから新鮮な気持ちになることはないと思っていたが、結芽は呆然と見あげてしまう。


 対して純寧は気にするどころか、不思議そうに結芽を見つめる。


「……どこかのビジネスホテルですか」


「結芽さん。さすがにさっきの説明は覚えてますよ」


「……ごめんなさい」


 どこかムスッとする純寧に、結芽は目を丸くした。


(あ、これはガチなヤツだ……)


 潜り抜けた自動ドアの先には、壁一面に部屋番号が書かれたポスト。照明の光を反射させる大理石の通路を進み、重厚感を増した自動ドアの脇に置かれた純寧は台座に触れた。


「カギは後で渡しておきますね」


「……はい」


 部屋番号を押すことで住人に来客を報せ、内側から開けてもらう。逆に入居者は鍵を差すだけで扉が開く仕組みらしい。


 まるでドラマのような世界を目の当たりにさせられ、声が裏返ってしまう。


 そこからさらにエントランスホールが広々と、エレベーターも数台と稼働している。


「お疲れ様です」


「おかえりなさいませ」


「……」


 そこで追い打ちをかけてくる、漆黒のスーツを身に纏うサングラスをかけた男性。隆起する胸襟を始めとした、全体的に鍛えあげられたシルエット。


 そんな相手に対して純寧は臆するどころか、当たり前のように挨拶を交わす。


(に、睨まれてる……)


 サングラス越しとはいえ視線を感じつつ、純寧から離れまいとエレベーターに乗り込む。


「あ、あの……さっきの人は……」


「管理人さんの一人です。ちょっと見た目は怖いかもしれないですけど、優しい方です」


「そ、そうなんだ……」


 人見知りだと公言にしている純寧が、むしろ知り合いだと言わんばかりに紹介してくる。


 どこかちぐはぐな印象を抱きながらも、ゆっくりとエレベーターが上階へと向かって行く。


「た、たかっ……」


 エレベーターを降りると、少し強めの風が吹きつけてくる。急だったので目元を片腕で覆い、止んだタイミングで広がる光景。


 遅い時間というのもあってネオンに明かりが灯り、ちょっとした都内の夜景。電信柱や街路樹よりも高い場所にいるから見晴らしがいい。


「結芽さん」


 呼ばれて気づくと、純寧は少し先にある扉の前に立っていた。


「今日から我が家だと思って過ごしてください」


(なんて無茶な要望だッ!?)


 既に結芽の中ではスケールの違いに驚きどころか、場違いの空気感に当てられてしまっていた。


 そこに純寧の、屈託ない笑みで歓迎モード。


 今すぐにでも出費覚悟でビジネスホテルに戻るかと考えたが、ゆっくりと玄関の扉が開かれた。


 まず初めに大理石の玄関。壁には結芽と純寧の背丈を超えるシューズボックスがあり、明らかに一人暮らしには必要ない。


「ここからお手洗い、脱衣所があって浴室です」


 来客用なのか、モコモコのスリッパに両足つっこむ。見た目からでもわかる質感を足裏に感じながら、純寧のルームツアーが始まっていく。


 玄関から近くにある右側の扉が説明され、ようやくリビングかと思いきや違和感を覚える。


(こっち側は?)


 通路の左側にも扉があるも、純寧は説明を省くように奥へと進んで行く。


 リビングまでの通路を傷つけてしまう恐れを感じ、キャリーバッグは玄関先に置いておくことに。


「それでこちらがリビングです」


「り、リビング……」


 結芽は息を呑んでしまった。


 入ってすぐの左手には、広々としたIHのオープンキッチン。食卓と思しき長方形のテーブルは黒の天然石っぽく、色調を合わせた数脚の椅子も置かれている。


 そこから視線を奥へ、壁に埋め込まれているのか何インチかわからない薄型液晶テレビ。L字で囲うようにソファやテーブルも置かれ、ちょっとしたホームパーティで映画なんかも楽しめそうだ。


 リビングだけでも驚きなのに、まだ奥がある。


「お……」


 ちょっとした好奇心で歩みを勧めようとしたが、傷一つないフローリングの上をお掃除ロボットが活発的に行動している。


 下手に衝撃を与えて壊さないよう、結芽は慎重にリビングへと足を踏み入れた。


「えっと、ここで寝起きをしてもらうことになります」


「いや、リビングのソファで十分です」


 招かれた一室はどこか生活感があり、中央に鎮座するダブルサイズよりも大きいベッド。部屋の隅には化粧台、壁には扉付きのクローゼットも見受けられた。


 歓迎される側として、尻込みさせられてしまう。


「ソファだとあまりいい睡眠がとれないのダメです」


「いやいやいや、十分すぎるくらいフカッフカだから問題ないと思うよ」


 実際、結芽が泊まっていたビジネスホテルのベッドよりも質感が良さそうではあった。


「そうは言いますけど、今のところこの部屋しかないです」


 口ぶりから困っている純寧だが、結芽はまだ説明されていない扉があった。


「今日だけはここでお願いできないですか。明日には片づけておきますので」


「ソファという選択肢は与えてくれないんだ……」


 頑なに譲ろうとしない純寧に、結芽は嘆息しかでない。


 これ以上は話が平行線どころか、しばらくの間お世話になる身の上だ。結芽が折れる形でベッドを使わせてもらうことで頭を下げた。


 と、これで落ち着けるかと思いきや。


「夕飯作るので、先にお風呂でもどうぞ」


「……」


 どこまでも至れり尽くせり過ぎて、結芽はさすがに返す言葉が思いつかなかった。


 ここで申し訳ないからと下手にでようものなら、さっきの寝室と同じやり取りをする羽目になってしまう。


 ほんの数分で、結芽はこれほどにまで懊悩される事がなかった。


 そんな結芽を気にも留めず、純寧は浴室の電源を入れてお湯を沸かす。


「……お先にいただきます」


「ゆ、結芽さんッ!?」


 ほぼ蹲るように両膝をついて頭を下げる結芽に、純寧は困惑を隠せなかった。


 そこから夕飯は作り置きをしておいた肉じゃがと菜の花のお浸し、大根のお味噌汁と白米。


 全てが手作りという温かみに、込みあげてくる感情を堪えながら残さず頂いた。


 そして気づけば夜も更けていき――。


「って、一緒に寝るの!?」


 使うように促された寝室のベッドで、結芽はさすがに頭を抱えた。


 だが純寧は気にするどころか、眠そうに目元を擦りながら身体を滑り込ませる。


「すみません、ここが私室なので……」


 二人で横になっても狭いどころか、有り余るほどに広いベッド。全身を包み込む柔らかなマットレスに、枕も頭の高さに沈んで首に負担を与えない使用。純寧に招かれるようにかけられた布団もいい匂いがして、一瞬で眠気を襲ってくる。


「それに明日は休みでしたよね。……日用品とか買いに行かないと」


「それは……そうだけど……」


 どうにか眠気に争い、結芽はベッドから抜けだそうとする。


(……って)


 ただ気づけば、重ねられた純寧の右手。


「……おやすみ」


 それを振り払う気力もなく、結芽は瞼をゆっくりと閉じた。

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