プロローグ:開店、癒し処【リリートリア】
世間は十二月を迎えて、一年で一番忙しいともいわれる年の瀬。朝晩どころか、日中であろうと寒さが身に堪える。そのせいもあってか、どこか待ち行く人々の表情には覇気が失せていく。
……いや、単純に仕事納めで追われているだけかもしれない。
そんな例にもれず、夜の賑わう繁華街を歩く赤茶色のセミロングヘア―の女性がいた。
境乃結芽。都心のとある大学を卒業し、就職氷河期の最中にどうにか職にありつき、手取りの安月給で細々とした生活を送っていた。
服装は安売りで何着も買い込んだ紺色のパンツスーツで、クリーニングに出しているからシワ一つない。肩にかける鞄は年季を感じ瀬ながらも、未だ健在に現役で活用されていた。履いている踵が低めのヒールも微かに削れ、いかにもキャリアウーマン風。
ただその表情は、今にも生気が抜かれそうだった。
(あ~今年中に仕事終わるかなぁ~)
目もとには浅くクマの痕を残し、化粧っ気のない顔に髪形。
いかにも職場の人間にしかみられないからと手を抜き、結芽自身もそれでいいと納得していた。なにぶん朝は満員電車に揺られ、帰りは終電間際の日も多い。四六時中仕事漬けで、大学の頃から都心に借りたアパートには寝に帰るだけ。
毎日を惰性に過ごし、気づけば数年と経っていた。
「ん?」
酒の魔力に飲まれて思考が退行した大人たちの、至る所から賑わう声が聞こえる。
周囲の陽気な空気とは無縁の結芽は足を止め、鞄の脇ポケットに手を伸ばす。取りだした一台のスマホを起動させると、家族で作ったトークグループに動きがあった。
結芽は短く、重い息を吐いて画面をタップする。
《年末は帰ってくるの?》
母親からのそんな問いは、年に二回と送られてくる。別に個人でいいようなものだが、遠巻きに父親も気にしているのだろう。
それだけで、さらにお腹の奥が重くなる。
今は少しでも早く駅へと向かい、酒の匂いが充満する時間帯を避けたいところ。
手早くフリップを操作しようとして、結芽は肩を叩かれた。
「あ、あの、ま、マッサージ……どうですか?」