効きすぎる目薬は刺激的
この作品は、第二十一回書き出し祭りの作品です。
このあと、余裕があったら、続きを書きますね。
一応、101作品中、37位 でした。
やはり、裸モノは、受けないのかな?
「おじいちゃんが発明した薬、本当に効くのかなあ」
彼は、目薬の容器に入った緑色の毒々しい液体をじっと見つめ、ため息をつく。
「どうじゃ、ワシの作った目薬は?」
「う、うん。ちょっと待って、今さすから」
部屋の外から聞こえてくる祖父の言葉にせかされるよう、彼はその薬を両目にさしてベッドにもぐりこむ。
ウィルス性の特殊な病気で急速に感染者の視力をうばい、現在のところ有効な特効薬はない。
そう思われていた病気に感染した孫を救うため、理工学と医学・薬学の博士号を持つ、天才といわれた学者が心血をそそいで開発した新薬。
その第一号被験者になった彼は、明日から始まる久しぶりの学校生活を夢見ながら眠りにつく。
* * *
「行ってくるね、おじいちゃん」
研究に忙しく、昨日も徹夜して起きてこない祖父に向かって廊下から声をかけると、久しぶりの制服を着た彼は玄関から最寄りのバス停に向かって歩き出す。
「おはよー、しんちゃん。どお、天才発明家のおじいちゃんの作った薬は?」
「ああ、桃ちゃん。おはよう。すごい効き目だよホント、寝る前はぼんやりとしか見えなくなってた世界が、今朝はキラキラ輝いて見えるんだ」
そう言って、後ろから声をかけてきた幼馴染の女子高生に振り返る彼を見て、彼女は心から喜んだ。
ああ、良かった。失明しちゃうかと思って本当に心配してたんだもの。もしも新ちゃんが失明したら、私が彼の目になって一生支えてあげる。本気でそう思ってたけど、どうやら大丈夫そうね。さすが天才おじいちゃんね。
彼女は嬉しそうに、きょろきょろと周りを見渡しながら不自然に歩く彼の後についてバスに乗る。
* * *
「新之助さん、天才であるお爺さまのお薬で奇跡的に見えるようになったとお聞きしましたわよ。コレでまた、わたくしも学年テスト首位の座を明け渡さなければいけないのかしら、おほほ」
「おはよう、櫻子さん。うーん、そんなことないよ、少しリハビリは必要だからね。でも半年後には学年トップの称号は返してもらうかもね」
艶やかな長い黒髪は、彼女がおしとやかに歩くたびに揺れて、気品の良いオーラを周りに振りまいている。そんな彼女は、幼馴染に引っ張られ校庭の真ん中をゆっくりと歩いている新之助にわざわざ近づいて、ライバルの復活が嬉しくてたまらない、そんな口調で声をかける。それからくるりときびすを返して、さっそうとその場から離れて行く。
新之助はそんな彼女の後ろ姿を見ると、今まで勉強上のライバルとしてしか思っていなかったのとは別の、大人の女性としての魅力を感じてしまう。
とくん。
ドクン、ドクン、ドクン!
うう。目が熱い。目が焼けるように痛い。身体中の血液が眼球に集まってくるようだ。
あまりの辛さに、つぶった両目を手で押さえる。
そうしてしばらくしてから、ふと目を開けて彼から離れて行くライバルの彼女を何気なく見やる。
彼女がさっきまで着ていたはずの、学校指定のコートが透けてゆく。
セーラー服も透明に。
インナーのシャツも溶けていくように。
最後には、白い絹のブラジャーとパンティもカスミのように消える。
さっきまでここで会話していた彼女が、産まれたままの姿で校舎に入っていくのが見えた。
「桜子さん、お尻に可愛いホクロが三つ並んでるんだ」
あまりに綺麗な裸の女性の後ろ姿を見て、新之助は純粋な気持ちでつぶやいた。
そこに、幼馴染の桃子がいるのも忘れて。
* * *
「しんちゃん、さっきなんか不届きな発言してなかった?」
「え、ななに。ぼくなんか口走ってた?」
教室に入って落ち着いてから、隣の席に腰掛けている幼馴染は、ちょっとホホを赤くして他のクラスメートには聞こえないような小さな声で彼に話しかける。不思議なことに、膨らみのあるセーラー服の胸元を、彼女はこれでもかというぐらい不自然に両腕でかくすようにして。
「さくらちゃんのお尻のホクロ、なんで知ってるの? それは女子たちの最高機密のはずなんだけど」
「え、それ聞こえてたの」
きょろきょろと周りの様子をうかがって、誰もこちらを見ていないのを確認してから、彼女は上目遣いに疑いの目線を彼にむける。
「もしかして、しんちゃんの目、着ている服がすけちゃって、女子のはだかが見えちゃったりするの? 天才おじいちゃんの目薬が効きすぎて、視力が強力になっちゃったとか」
「う、それは……。ごめん、僕にも原因はわからないんだ。それよりも、今は大丈夫だよももちゃん。両手で隠さなくても、君のセーラー服しか見えないから」
彼の返答を聞いて、少し安心したのか、彼女は胸元の両腕をだらんとたらす。それから、まじめな顔で聞き返す。
「それより、早くおじい様にいってクスリの欠陥を伝えないと、大変なことになっちゃうよ。服が透けちゃう能力発動の条件もしらべなきゃ、いけないし」
「うん、そうだね。試薬の量産中止はすぐにおじいさんに連絡しなきゃ。あと、実は発動条件の見当はついてるんだ、たぶん被験者の興奮度合いなんだと思う。さっきは、つい、櫻子さんきれいだなと思ったら、突然目が痛くなって体中の血液が眼球に集まるように熱くなってから、見ている服が透け始めたんだもの」
彼の発言をきいて、彼女はくちびるをすぼめるとホホを膨らませた。
「ちょっと、それってさ、問題発言じゃない? なんで櫻子さんには欲情して、幼馴染のこんなに可愛いわたしには欲情してくれないの!」
* * *
薬の件を連絡すると、彼の祖父は量産中止と試薬の特殊作用の研究を開始すると約束してくれたが、彼の投薬は継続するようにとも言われた。
なぜなら、このまま投薬を中止すると、彼の視力は急激に悪くなる可能性があるからだ。それに、この能力は被験者である彼が興奮しない限りは発動しないからというのが祖父の判断だった。
「まあ、しかたなかろう。お前と桃ちゃんは生まれた時からお隣さんとして生活してきたんだものな。お前が彼女に感じる思いは、女性という以前に肉親という認識なんじゃろう。桃ちゃんにはそう言って納得してもらうしかなかろう」
祖父はそんな言葉で彼と彼女の関係を分析する。
しかし、心の持ちよう、特に年頃の女の子のナイーブな心の中なんて、たとえ天才でも推し量れるわけがない。
そんなことを考えながら、新之助が桃子とお隣同士の自宅まで戻ってくると、桃子の自宅の玄関前には、大きなキャリーバッグを手に取っている桃子のご両親が彼らの帰宅を待っていた。
「桃子、遅かったじゃないか。パパとママ、飛行機に乗り遅れちゃうからもう出発しちゃおうかと思ってたんだぞ。まさか、忘れたわけじゃないよな。今日からパパとママはアメリカ転勤の準備で日本にはいないから」
「あー、新ちゃんの初登校だったのですっかり忘れてた! でも、ひどいよ、パパとママ。おとしごろの可愛い女の子を一人にしたら危ないじゃないの。それこそ、乙女の危機よ」
彼女は一瞬口に手を当てて驚くが、われに返ると父親にむかって食って掛かる。
「大丈夫だよ桃子、新之助のおじいさんにも許可はもらってあるから。今日から新之助くんと桃子は、私たちの家で共同生活するんだ。そうすれば防犯対策もバッチリだろ?」
彼女のお父さんは、どや顔で自分のアイディアをあぜんとしている二人に説明する。
「はあー。しかたないなあ。パパもママも言い出したらきかないんだもの。新ちゃんにはパパの書斎使ってもらえば良いよね。それと、朝ごはんと晩ごはんは私が新ちゃんの分も作ればいいかな」
しかたない、と口で言いながらも、なぜか嬉しそうに、恥ずかしそうに、している桃子。
そうして、ちらりと新之助の顔を見るとホホを赤く染めて視線をそらす。
そんな彼女の、すこし赤みのあるうなじを見た瞬間、新之助は桃子が可愛いなあと思った。
──とくん。
ドクン、ドクン、ドクン!
うう。目が熱い。目が焼けるように痛い。身体中の血液が眼球に集まってくるようだ。
桃子のセーラ服の下に隠れているはずの、彼女の右肩にあるホクロが、徐々に新之助に見えはじめた。
続く