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続 対策?

ここは魔術師団の建物であるそうだ。

銀髪の男性は、統括団長のエリオル・ダブライノ。ジアが元々会う予定であったカーラという女性は、第一師団の副団長で、彼の部下にあたる。


私の余計な自己紹介でもって抵抗することを諦めたジアとともに、私はエリオルの執務室に通された。

エリオルの淹れたコーヒーを飲みつつ、イーリヤから決闘を申し込まれるに至った経緯を話す。

「あの子、しつこいからねぇ」と、エリオルがイーリヤを『あの子』と呼ぶのを聞き、


「イーリヤさんとお知り合いですか?」


と尋ねた。


「お知り合いというか、従兄妹だね」


私の目を見てゆっくり話すその様子は、偉ぶるところが一切無い。

しかし、イーリヤの従兄妹ということは、エリオルも高位の貴族であるのだろう。


「イーリヤって強いんだっけ?」

「ダブライノの血も入ってるからね、けっこう強いよ。一人でU35くらいまで潜れたんじゃなかったかな」


ジアとエリオルの会話の中で、信じ難いものを聞いた気がして、私は思わず「U35…」と呟いた。

U35というのは、私が地下5階までしか行けないと言われたダンジョンの地下35階ということだろうか。そもそもこの前ジアに連れて行かれたのって何階だったっけ。


「U35まで行けりゃ、一端の傭兵だな」


なぜ私は、一端の傭兵と決闘しなくてはならないのか。


「ジアは最高何階?」

「U72」

「ななじゅうに?!」


つい大きな声が出てしまった。

「72かぁ、それはすごいねぇ」と、同じ調子で相槌を打つエリオルが腹立たしい。


「まぁもう完全に逆世界だったけどな。モンスターの強さから考えて、65、6あたりが底だった」


ジアは今、『逆世界』と言ったのか。

あまり話に上がることのないその言葉に、私の心臓がどきりと波打った。


我々が住む世界の、地下を挟んだ反対側にも、人の住む世界が広がっていると言われている。

そこを『逆世界』と呼んでいるのだが、それについてわかっていることは多くない。向こう側の人々が、我々に対して友好的であるかさえわかっておらず、『逆世界への接触禁止』はこの国でも暗黙の決まりであるはずだ。

これが不文律であるのは、はるか地下にある逆世界への干渉が、ほぼ不可能であるからに他ならない。

このバルマを含め、私の母国ザルツァの周辺は、地下の厚みが比較的薄いと聞いているものの、よもや普通に足を踏み入れたことのある人がいるとは思わなかった。


「リーシェちゃんはどの位まで行けるの?」


と、エリオルが私に目を合わせる。

ある程度の実力を想定しているであろうその真っ直ぐな視線から、私はさっと目をそらし、


「5だそうです」


と小さく答えた。

エリオルが「え?ござそうろう?」と聞き返す中、ジアが


「5は言い過ぎた。7くらい」


と微妙な訂正を入れることで、私の実力を白日の下に晒す。


「7かぁ。得意な魔術の属性は?」

「風です」

「そっか。イーリヤは氷メインだから、相性は良くないねぇ」


エリオルは、手元のコーヒーを一口飲み、


「最近、火も使えるようになったって聞いたけど、相性から考えると使ってこないだろうなぁ。自慢したいだろうけど」


と続ける。

(まぁ相性どうこうの前にこの実力差じゃなぁ…)とその場の三人が三者三様に思ったのであろう、そのちょっとした沈黙の後、私は「痛いのも、投獄されるのも、嫌なんです…」と弱々しく言った。

下を向く私に、エリオルが慌ててフォローを入れる。


「あー…、あ、でも、ほら!得意属性が風っていうことは、魔術の細かい構成が得意っていうことだよね。開始早々、相手の腕の布、解いちゃうっていうのはどうかな?」


エリオルが「ほらこうやって」と言うと、私の胸元についている麻布のリボンがハラリと、独りでに解けた。

口ぶりからしてエリオルの魔術なのだろうが、こんな繊細な魔術は見たことがない。

私が驚き固まっていると、ジアが「おい」と言ってエリオルを睨んだ。

エリオルは「ごめんごめん」と言いながら、再び私のリボンをちらりと見て、手を使うことなく結び直した。

すごい技術である。

もちろん私には


「出来ないと思います…そもそも先手を取れるほど構成組むの早くないですし、細かい構成も得意じゃない自覚があります…」


風の魔術は、物を運んだりなんだりと日常生活で使われることが多いと聞く。

そういった用途なら、実用的な細かい構成の得意な人に好まれるのだろう。

しかし私は細かい構成が苦手で、吹っ飛ばす、固めるなどの雑把な構成しか組んだことがない。


「じゃあなんで風の魔術使ってんの?」

「母が教えてくれたのが、風の魔術だったんです」


嘘ではない。

私は母からこの魔術を教わった。


「風の魔術で、シンプルに威力を出すなら、竜巻を起こすしかないねぇ」

「竜巻…」

「そう、竜巻。」


エリオルはソファから立ち上がると、ガラスのコップを手に戻ってきた。

そのコップは、いつの間にか水で満たされている。

エリオルの魔術によるものなのだろうが、もはや手品のように思えてきた。


「こうやって水をかき混ぜると、渦が出来るよね」


エリオルは、コップの水を、コーヒースプーンの柄でかき回した。

たしかにその後には、渦が出来る。


「このイメージで構成を組んで、押し出せれば、竜巻が出来る。僕が知っている限り、風単発で威力を出すならこれしかないし、回転性の構成は風と相性がいいから、もしかしたら短期間で形になるかも知れない」

「でもこれ細かいどころか、三次元?四次元?構成ですよね」

「そんな教科書的な話は置いといてさ。おすすめは、浴槽の水を抜いたときにできる渦を見ながら練習かな」


確かに、高威力の竜巻を起こすことができれば、何かしら使い道はあるのだろう。

しかし


「そんなの絶対できない…」


私の小さな呟きは、とりあえずこの場を納めようとするエリオルの笑顔に黙殺されたのであった。

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