対策?
翌日の昼過ぎ。
私は、ジアに言われた通り、王城の裏門までやって来た。
使用人の出入りや、物資の搬入用に使われている場所のようで、人と物が慌ただしく行き交っている。
警備兵に睨まれつつ裏門付近をウロウロしていたのだが、程なくして無事、ジアと合流することができた。
門を通り、「こっちだ」というジアについて行く。
宮殿の後ろ側を歩いているのだろうが、商人の通用口や厨房の裏手、洗濯物を干すところなど、王城とは思えない現実的な並びが面白く、ついキョロキョロとしてしまう。
そんな中で、ふと、
「制服着なくていいんですか?」
とジアに尋ねた。
ジアは、シャツとズボンだけのラフな服装で現れた。
初めはそんなものかと思ったが、さっきからすれ違う人の服装を見る限り、全然『そんなもの』ではない。制服なりなんなり、きちっとした服装をしている人がほとんどである。
「朝練のあとなんで」
朝練、なるほど。たしかに言われてみれば、シャワーでも浴びてきたように見える。
しかしそれならそれで
「朝練とかするんですね…」
何らか訓練をしているとは意外であった。
ジアの率いる第三兵団は、今回の戦争のために臨時で組織した集団なのだと、タジから聞いた。
ジア含め、全員が国内の傭兵であったらしい。
戦争が終わってしばらくすれば解散するだろうと言われている中、ジアが真面目に兵士をしているとは思っていなかった。すれ違う王城の使用人からお辞儀をしてもらえているあたり、思いの外、きちんと兵士をしているのかもしれない。
そうこうしながら歩くこと数分。
我々は、本宮殿の隣に位置する、石造りの建物までやって来た。周りの建物と比べると小さめの造りで、高さも三階建て程度といったところ。
そこにジアが、特段なんの説明もなく入っていくので、私もそれに続いた。
入ってすぐ左手の階段を登り、二階に上がる。
一階は、ちらりと見た限り、なにかの研究施設のようであった。
一方二階は、机と椅子が並ぶ、事務所のようなところである。
ジアが、手前に座っている女性に
「カーラいる?」
と声をかけた。
女性は「あっ」と小さく声を漏らし、慌てて立ち上がる。
「あの、カーラさん、今、いらっしゃらなくて
「やぁ!誰かと思えばジア団長じゃないか。いらっしゃい」
女性の声は、奥から出てきた男性の声に遮られた。
朗らかな表情をした、金髪で長身細身の男性である。
隣からジアの舌打ちが聞こえた。
「カーラは?」
「カーラさ、なんだか予定がありそうな雰囲気だったから、急ぎでって言って、お遣いに行かせたんだよね」
順接の接続詞の使い方を完璧に誤ったその発言に、軽く頭が混乱する。
そんなこちらの動揺は他所に、男性は「いや〜まさかジアとの予定があったとは、あの子も隅に置けないねぇ」と嬉しそうに続けた。
ジアは
「帰るぞ」
と小さく言って、さっと踵を返した。
しかし、男性がすかさず、ジアの腕を掴む。
「用があったんだろ?それなら僕が聞くよ」
「『カーラに』用があったんだ。お前じゃなくて」
「大丈夫!あの子に出来て、僕に出来ないことって、ほんっと無いから」
「こっちは、カーラに頼めて、お前に頼めないことだらけなんだよ」
「え〜酷いなぁ。僕はいつでも王の忠実な下僕なのに」
ジアが再び、強めに舌を打つ。
何やら因縁有りげな二人の、仲睦まじい腕の引っ張り合いっこを生暖かく見守っていたところ、男性とふと目が合った。
「こんにちは。お嬢さんはどなた?」
男性が、ジアの腕をがっちりと掴んだまま、私に微笑みかける。
このままでは埒が明かないと踏んで、私から用件を聞こうとしているのかもしれない。
「あ、えーっと…
「おい、余計なこと言うなよ」
なんと言ったものかと返答に窮す私を、ジアが慌てて牽制した。
振り返ったジアの焦る表情が見慣れないもので、つい加虐心がくすぐられる。
そもそも、ジアの言った『余計なこと』とはおそらく全て、彼自身が招いたことであるし、
「申し遅れました。」
ちょっとくらい、いいだろう。
「私、リーシェ・ナイフと申します。ジアの、妻なんです」
固まる男性の隣で、ジアが天を仰いだ。