探検
「あ、リーシェちゃん。ここにあるのがヒカルイシだよ」
「えっ」
タジが振り返り、私に向かって手招きをする。
地下に入って半時間ほど。お目当てのものとの対面に心踊らせた私は、タジの元に駆け寄り、その場にしゃがみこんだ。
地面には、淡く光る、黄緑色の石が落ちている。
拾い上げ、周りの土を払ってやると、より一層明るく澄んだ光が溢れた。
「わぁ…こんなに綺麗なんですね」
「もっと大きいやつとか、もっと光るやつもあるぞ。青っぽいやつもある」
「えっ!」
私の持つ石を覗きこみ、事もなげに言うエンヤに、私は思わず向き直った。
「なんて顔してんの」とエンヤが笑う。
そう言われて思わず口を閉じた。
「あと九個だっけ?」
「はい、全部で十個です」
どうせダンジョンに潜るなら、簡単なものでも、何か依頼を受けていった方が良いらしい。そんなタジとエンヤの助言に従い引き受けたのが、このヒカルイシ十個納品の仕事であった。
綺麗な石だが、暗いダンジョンの光源に用いる、極めて実用的なものとのこと。
「よし、このあたりからポツポツ落ちてると思うし、ちゃっちゃと見つけよっか」
「はい!」
私はこめかみに、右手の先をピタリとつけた。
この辺りはU2というエリアだそうだ。
地下には古代文明の遺跡があると聞くが、先ほど通ったU1でも、ここでも、およそ遺跡らしい建造物には巡り会えていない。ただひたすら、土と石に覆われた通路が続くのみである。
そんなただの洞窟が続く代わりにと言ってはなんだが、モンスターにもほぼお目にかかっていない。
入ってすぐのところで一体、大きいリスのようなモンスターを見かけたものの、脇の小道にすぐ引っ込んでしまった。
U3エリアあたりまでは、弱いモンスターすらあまり出て来ないらしい。
それでいて、お金に替えられるものが時々落ちているというのだから、案外コスパのいい仕事なのかもしれない。
一定の間隔で設置された明かりを頼りに、地面を注視しながら進む。
先行するタジとエンヤは、何やら軽口を叩きながら楽しそうに歩いており、足元に注意を払っているようにはおよそ見えない。
善意から付いてきてくれたであろう彼らがご機嫌なのは何より。
ヒカルイシを見つけるのは私の仕事である。
他の鉱石や植物などでも値段のつくものがあるというので、何かないかと目を凝らしていると、道の端で、赤っぽい固まりを見つけた。
拾い上げると、存外軽く、丸っこい。キノコのようでもあり、スカスカの石のようでもあり、なるほど、何なのか全くわからない。
後であの二人に聞いてみようと、赤い固まりを上着のポケットに入れる。
そしてこの間に開いた距離を埋めるべく、小走りの姿勢に入ったそのとき。
何者かに腕を掴まれ、私は脇の小道に引っ張り込まれたのであった。
男は、私の口を手で塞ぎ、声を出すなと威圧的な視線で指図した。
こちらが黙っているのを確認すると、そのまま私の手を引き、奥へと入っていく。
相変わらず、こちらを一切気遣うことのない速さで進むこと、暫し。
二、三回ほど曲がったところで、私はいい加減に痺れを切らした。
「なんなんですか、急に」
掴まれた腕を振り、男の手を剥がす。
「どこに行くんですか」
私はそう言って、振り返った男、ジアを睨んだ。
「帰るんだよ」
「えっ、このままですか?タジさんとエンヤさんが心配します」
「心配させとけ、丁度いい」
ジアの整った顔からは、若干の不機嫌さが見て取れる。
おそらく、自分の部下が私に、ちょっかいを出したことが気に入らないらしい。
意外と心狭いんですねという言葉はぐっと飲みこみ、
「…わかりました。それならもう少しここにいますが、二人とは合流しません」
と返す。
「残って何するんだ」
「何って…依頼を受けてきてるんです。これ、このヒカルイシを見つけてから帰ります」
肩掛けカバンからヒカルイシを取り出し見せる。
ジアは、少し眉をひそめたものの、すぐに思い出したようで「あぁ」と息を吐いた。
「U17あたりに落ちてるやつか」
「えっ」
違いますけど?
「随分潜るんだな。送ってやるよ」
「えっ?いや、U2とかU3に落ちてるって」
私の動揺などつゆ知らず、ジアは「U17の転移紙あったっけ」と言いながら、小さい冊子を捲り始めた。
「えっあの、待って、待ってくだ
「あったあった」
私の言葉を絶望的に無視したジアが、冊子から一枚の紙を破り取り、その場に落とす。
そして私の腰を無遠慮に引き寄せると、落とした紙を踏みつけた。
その瞬間、足元にぶわりと魔法陣が浮かび、一瞬の閃光と共に、周りの景色が切り替わる。土と石に覆われた薄暗い小道から、雪と氷に覆われた明るく開けた空間に。
少し遅れて、さっきまでとは全く違う冷たい空気を感じた。
悲しいことに無事、U17へと転移したらしい。
ジアは地面を見渡し、
「あ、これだろ?」
と言って、青く輝く石を足で小突いた。
ヒカルイシを今日初めて見た私が言うのもなんだが、違うと思う。
「もっと、黄色くて、ジワーっと光るものじゃないんですかね…」
確かに青っぽいものもあると言っていた気がするが、ここにある石は、青っぽいどころか真っ青である。
もうなんなら、光りすぎていて白っぽくも見える。
「ティアが違うだけだろ」
「てぃあが違う…」
復唱してみるも、意味がわからない。
ジアには説明する気が無いようで、いいから早く拾えという視線を向けてくる。
そのプレッシャーに負けた私は仕方なく、近くの青い石を拾い上げた。
「ひ、拾いました」
やり切った感のある笑顔を作って、ジアを見返す。
とりあえずこのエリアは寒すぎるので、早く出た
「一つでいいのか?」
「えっ」
えっ。
「もっといるんだろ。待っててやるから」
ジアは微笑み、立ちつくす私を見て、嬉しそうに首を傾げた。
もしかしてこれ…
「わざと…」
「ん?」
「…」
一つ確かなのは、ここから私一人では帰れないということである。
私は口答えすることを諦め、寒い雪のフィールドで、青い石を探し始めた。