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帰郷

次話投稿3日後です…

ハインネからマイトブルムまで、馬で片道三時間程かかるそうだ。

辻馬車なども出ておらず、マイトブルムに行くためには、徒歩なり馬なり自力で向かう他ない。


我々は馬で行くのだが、私はもちろん乗馬など出来ず、ジアと同じ馬で行くことになる。

後ろから手綱を取るジアとは、想像以上に距離が近い。

そのことに今更ながら狼狽え、背中が猫のように敏感になった。


しかし、そんなこと大した問題ではない。

問題は馬だ。

私は、馬という乗り物がすっかり怖くなってしまった。修道院から連れ出されたときに乗った馬の揺れが、酷いものであったからである。


願わくば馬だけは回避したかったものの、移動手段を指定できるような状況でも無い。

歩き出した馬の背で私は、これから起こるであろう災難を覚悟し、きゅっと身を固めた。




そんな状態からスタートし、一時間に一度の休憩を取りつつ、馬に乗ることおよそ二時間。

ハインネ周辺から続いていた草原地が減り、周囲には、乾燥した赤っぽい土壌が目立つようになってきた。

マイトブルムに近付いていることがわかる。


「酔ってないか?」

「はい、大丈夫です」


ジアから体調について聞かれるのは、これでもう五、六回目だろう。

私の乗り物酔いは、スタートから一時間程でピークを迎えたものの、そこからジアが速度を落としてくれたおかげで、今は小康状態のまま落ち着いている。


そうなると、極めて近い、このジアとの距離が気まずい。

変にこちらを気遣ってくれるので、尚更である。


そこで場を繋ごうと、


「儀式って、何してるか、知ってますか?」


と言って、話の口火を切った。


「知らないな」

「あ、じゃあ教えてあげましょう」


私はジアの顔を伺いながら、「修道院で教わった話ですけどね」と付け足した。


「まず、この世界と逆世界の間、地下にモンスターがいる訳なんですけど」


脇は閉じたまま、両手を少しだけ前に出す。

右手がこの世界の地面、左手が逆世界の地面、そしてこの手と手の間が地下である。

私は、右手と左手を近付けて見せながら


「この世界と逆世界はお互い、地下をこう、押し付け合ってて、その結果、モンスターは地下に留まっていると理解されています。定期的にモンスターが増えてしまうのは、この世界の地下を押さえつける力が弱まるからだそうです。」


と続けた。

ジアが大人しく聞いていることを確認してから再び、話し始める。


「そこで儀式の出番なのですが、仕組みは簡単、魔法で地下を押さえつけているそうです」

「『エメラルダの奇跡』だのと大層に言われている割には、けっこう物理的な話だな」


ジアの感想が聞けたことに満足し、


「そうなんです。そのせいでマイトブルムって、お皿みたいに、広く浅く凹んだ地形になってるんですよ」


と得意気に補足する。


「でも、こちら側の押さえつける力が強すぎると、今度は逆世界でモンスターが増えると言われていますし、弱すぎると意味がありません。そこで、儀式には四つの魔法具が使われます。これがザルツァの国宝です」

「皿と、輪っかと、槍と、布な」

「ま、まぁ見た目だけで言うならそうです」


他国の国宝に対して、あまりにも敬意が払われていないジアの表現に動揺するも、なんとか持ち直す。


「そのお皿…神変の器皿って言うんですけど…まぁいいです。『お皿』に、魔法をかけて、その力を『輪っか』で調整して、『槍』で向きを定めて、『布』で大地に伝えるんです」

「ふぅん」

「この四つの魔法具を使えば、魔法使いは誰でも、この大陸のモンスターの数を減らせるらしいですよ。すごいですよね」


エメラルダは、こちらの世界にいないはずの魔法使いであった。

しかし、それは彼女が信仰される理由ではない。

エメラルダが信仰の対象たる所以は、今なお使い続けられている発明品の数々にある。国宝はもちろん、転送ポートや転移紙など、今使われている魔法具は全て彼女の発明品だ。

信仰心こそ無いものの、同じ魔法使いとして、エメラルダがいかに天才であったかということは想像に易い。


「でも、その魔法使いなら誰でも出来る儀式が、この前は失敗したと。魔力不足で」

「まぁ…調律の円…輪っかが壊れてるなら、あり得るんですかね?」


その足りない魔力を補うために、魔法使いを一人殺したら良いなどということは、あり得ない話だと思いたいが。

そんな私の気持ちを知ってか知らずか、ジアは小さく「さぁな」と答えた。




ぽつぽつ会話を交わす私たちを乗せて、馬はゆっくりと、東に続く道を進んだ。

気がつけば、風に潮の香りが混じっている。

海が近いということは、ここはもうマイトブルムの端だろう。

手元の時計で確認すると、時刻はまだ昼過ぎ。ほぼ予定通りの到着であった。


しかし


「地面がえらくデコボコだな」

「そう…ですね…」


その地形は、私の記憶していたものでは無かった。

本来のマイトブルムは、広く浅く、クレーターのように凹んだ地面であるはずだ。

それが、この地面は所々、大小様々に隆起しており、さながら岩場のようである。


地面の凹凸を避けながら、進むこと少し。


「ここが、マイトブルムの中心です」


マイトブルムの目印として立てられた、国旗の所までやって来た。

周囲に、植物を含め、何も無いのは相変わらずである。

しかし、四方八方の地面はガタガタだ。


「ここに住んでた?」

「いえ、この先に小さい家があってそこで暮らしてたんですけど…この様子だとちゃんと残ってるか怪しいですね」


この辺りは一帯、地下から突き上げられたか、あるいは大きく縦に揺れたかといった状況に見える。

そこに建っていた簡素な小屋が無事であるとは、およそ考えられない。


「まぁでも、行ってみるか」

「はい」


思い出に浸るために来たわけでは無い。

それでも、変わってしまった風景を少しだけ寂しく見渡しながら、マイトブルムの東端に向かった。




東の端は、海に面した崖になっている。

私の暮らした家は、その崖の上に建っていたのだが


「おぉ〜」


今なお壁と屋根が残っていることに、私は思わず歓声を上げた。

柱は、折れているのか曲がっているのか、家全体は大きく傾いている。

私とジアは、二人して馬から降り、その小さな家をまじまじと眺めた。


「…小さいな」

「はい。思っていたよりも」


私の記憶では、この家はもう少しだけ大きい。

所詮は子どもの記憶である。


「でも、隠したものを探すにはぴったりの大きさですね」


そう言いつつ、さっそく家のドアに手をかけるも、ちっとも開かない。

まぁこれだけ家が歪んでいれば当然だろう。


「開かない?」

「開かないので、魔術で吹き飛ば


バキッ


私の言葉が終わるのを待たずして、ジアが家のドアを蹴り開ける。

ぶわりと、埃っぽい空気が立ち込めた。


「開いた。倒壊しそうだから気を付けて」

「…ありがとうございます…」


結局、物理が最強なのかもしれない。

そんなことをしみじみ思いながら、ジアに続き、私も家の中へと足を踏み入れる。


薄暗い室内は、どこか見覚えのある家具たちで囲まれていた。

手前には、食器の積まれた小さな台所と、物が残ったままのストッカー。

奥には簡素なベッドがあって、その側のチェストには、私の好きだったランプが置かれている。

そして窓の側には、あの人がよく座っていた大きな椅子。


「さぁ、どこにあるんですかね〜」


生々しい暮らしの痕跡に、義務的な感傷を抱きそうになる。

それを振り払うため、私は早速、あの人が隠したらしい情報の捜索に取り掛かった。


皿の隙間、ストッカーの中、ベッドのシーツに、チェストの裏。

手がかりの無いまま、目に付いたものを見て回るも、それらしいものは特段見当たらない。


次はどこを探そうかと少し思案していたところで、それまで黙って見ていたジアが口を開いた。


「本は?」

「本?本なら、さっき見ましたけど、そこの床に…あ」


私の絵本は、ベッド近くの床に散らばっている。

しかし、そういえば思い出した。


「ここ…この上に、母の本がありますね」


そこは、浴室のドアの上にある隙間。

本来、物を置く場所では無いであろうその空間に、あの人の本は置かれていた。

私がよく落書きをしたので、子どもの手の届かないところに片付けたのだろう。


背伸びをして、その隙間に、手を伸ばす。

その指先をペタペタと動かしながら、本の存在を探る。

どうやらあの人は、今の私よりも背が高かったらしい。


見兼ねたジアが、私の後ろから手を差し入れる。

彼は、本を容易く回収すると、私に次々と手渡した。

私の腕の中に、あの人と一緒に読んだ小難しい本が積まれていく。

歴史の本、地理の本、自然科学の本…


「ちょ、ちょっと待ってください!一回置きます」


美しい装丁の本たちは、一冊一冊がずっしりと重い。

五、六冊持ったところで、私の腕が悲鳴を上げた。


さっと身を屈め、本を床に下ろす。

その場で雑に積まれた本は、私の足元で崩れ、そして


「あ…」


いずれかの本が、一枚の小さな紙を吐き出した。

見覚えのないそのメモを、どこか確信的な気持ちで拾い上げる。


「…見つけました。あの人の、残したもの」


そこに書かれていたのは、きれいな筆跡で、たった一言であった。


『魔法能力は、自らの手で自然血族を殺したとき、失われる』


視線をメモに貼り付けたまま、頭の中で、何度も読み返す。

魔法は、自然血族?…家族を殺せば、使えなくなる?


これがすんなりと頭に入ってこないのは、あの人の魔法能力が失われていたことを、私が知っているからだろう。

あの人、私の母親は、一体どこで誰を殺したのだろうか。

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