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懺悔

「今も続けてるんだね。朝のお祈り」


エメラルダの彫像に祈りを捧げる後ろ姿に声をかけた。

修道院では朝六時、修道女たちが集まって、朝の礼拝を行う。

しかしセンナは決まって朝五時になると、一人で礼拝堂に行き、朝のお祈りをしていた。


「…もう何年も続けてるから、目が覚めるのよ」


センナはこちらを振り返らず、「どうしたの?忘れもの?」と続けた。


「うん。言い忘れてたことがあって」


少しだけ冷たい夜明けの光に溢れた礼拝堂は、凛とした修道女によく似合う。

私は、きっちりと纏められたセンナの髪を眩しく見つめながら


「ずっとごめんね」


と言った。


「センナは知ってたんだよね。第二修道院の皆は、私が逃げ出さないための人質だったってこと」


私は、私が修道院から逃げ出せば、他の修道女らを殺すと聞かされていた。

おそらく院長も、私を修道院から逃がせば、他の修道女らを殺すと言われていたのだろう。

これは王命であった。


ほとんどの修道女は知らなかったように思う。

しかしセンナや、賢い年上の修道女は、薄々理解していたはずだ。


「ずっと怖い思いさせてごめんなさい。それなのに…、普通の顔して、皆と暮らしてごめんなさい」


私が修道院で暮らすのは、十七歳までと言われていた。

修道院を出たらすぐ、あてがわれた相手と子どもを作り、そしてその子に魔法を教えるのだそう。

その後のことは聞いていないが、私の母親と同じようなことをやらされるのだから、およそ察しがつく。

だからこそ修道院にいる間は、自分を騙し、周りを騙し、ただの一修道女であろうとした。

しかし、彼女らの命を脅かす私に、そんな資格は無かっただろう。


「…ねぇ、恨んでる?」

「恨んでなんかない!」


黙っていたセンナが、声を上げた。

背を向く彼女の気持ちは、その固く握りしめられた両手からしか窺うことが出来ない。


「恨んでなんかない。知ってた、全部知ってた!全部知ってたから、リーチェが謝る話じゃないってことも全部全部わかってる」


そうセンナは一気に捲し立てると、少しの間を置いてから、今度はゆっくり、ぽつりぽつりと話し始めた。


「戦争が終わって、すぐ、院長…シスタージュナから連絡があった」


シスタージュナとは、第二修道院の院長のことである。

その院長から、戦争直後、私のことを預かれないかと連絡があったそうだ。本部修道院から、私を引渡すよう指示があったらしい。

第三修道院は、オリジネーターが多く住むところにありながらも、本部からは最も離れている。また、第三修道院の院長は本部と仲が悪いことで知られており、もしかしたらと思ったのだろう。


だがセンナの返事を待たずして、院長から、私が出ていったと連絡が入ったという。

ザルツァ王含む王族が拘束された今であれば、私が逃げ出したところで、他の修道女達に危害が及ぶことは無い。だからこれで良かったのだと院長は言っていたそうだ。


しかししばらくして今度は、本部修道院からセンナに連絡が入る。

もし私が訪ねてきたら、本部修道院に速やかに連絡をするようにと指示があったらしい。

もし連絡を怠った場合は、関わった全ての人間を破門にすると。


宗教が政治に深く根差すザルツァにおいて、破門とは即ち市民権の剥奪である。


「他の修道女たちも、リーチェのことを見ているし…もし黙っていたことがバレたら、私だけの破門で済むとは思えなくて」


それでセンナは、私と別れたあと、本部修道院に連絡をしたのだろう。

ジアが言うには、修道院を出てしばらく歩いたところから、跡を付けられていたらしい。

ハインネに着いて数時間、しかもその大半は修道院にいたというのに、どこで目をつけられたのかと疑問であったが、センナが知らせたというのであれば納得がいく。


これで本部修道院が、そしておそらく魔法使いが、私を殺そうとしていることは確かである。


「…ごめんなさい」


センナが小さく呟いた。

私に、センナを許す資格はもちろん、彼女との関係を維持する資格も無いだろう。

全ては修道院から逃げ出した私の身勝手さが引き起こしたことである。

そう思うと、すぐには言葉が出てこなかった。


「…私の方こそ、迷惑かけて、ごめんなさい」


それだけ、センナの背中に辛うじて吐き出す。

そして逃げるように出口に向かった。

礼拝堂の扉に手をかけたそのとき、


「方位の針が壊れたのは、前回、二年前の儀式のとき」


礼拝堂の奥からセンナの声が聞こえた。


「前回の儀式のタイミングはおかしかった。周期が早いし、そもそもどこの国でもモンスターは増えてなかった」


私は徐に、後ろを振り向く。

私と目があったセンナは、ふっと視線を外し


「前回儀式をしたのはエマチダ様」


と言って、「嘘ついてごめん」と続けた。

なぜ今そんなことを自白するのかと、ほんの一瞬、戸惑う。

私を通報したことへの贖罪の意識からだろうか。

いや、センナのことだから、ただのお人好しなのだろう。

この人は昔から本当に…と思考が巡ったとき、


「いや、ごめんじゃないよ。嘘って、気付いてない訳ないでしょ」


と、私はつい吹き出してしまった。


「センナ、恥ずかしがり屋で、いつもすぐ目線外すのに、嘘つくときは全然目逸らさないんだもん」


笑う私に、センナは「な、な…」と口をパクつかせる。


「そ、そんなこと言ったらリーチェだって、嘘ついたときに作り笑いするの、全っ然変わってないからねっ。信仰心の欠片もなかったあなたが、ただの聖地巡礼でマイトブルムになんて信じてませんから!」


口をとがらすセンナが可笑しくて、今度はセンナも一緒に、声を出して笑った。


私が修道院に入ってすぐの頃、先輩修道女から、エメラルダの『許し許され』という教義を教わった。この教えがあるから、『修道院で共に暮らす姉妹の間に、嘘は意味が無い』のだという。

なんでも、弱い私たちが、嘘をつき、悪いことをするのは仕方がないものの、姉妹にはすぐにその嘘がばれてしまう。しかしそれはエメラルダの教えに則り『許し許され』るため、私たちの間の嘘は、その意味を成さないという話であった。


修道院に来た理由自体を偽っていた私にとって、それは全くの詭弁であるように思えた。

だから私はこの「許し許され」という教えが嫌いであった。

でも今は、この教義に縋ってもいいのかもしれない。


二人で一頻り笑って、そして気がつくと再び、少しだけ緊張感のある沈黙が訪れた。


「じゃあ、いくね」

「…いってらっしゃい」


とりあえずこの場は、姉妹のままで。

私は、もう会えないかもしれない、あるいはもう会わないかもしれないセンナの顔をしっかりと記憶に留めた。

首飾りを胸に押し当てる彼女の姿を懐かしく思いながら、私は礼拝堂の重たい扉を押し開けた。

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