襲撃
その夜更けのこと。
私の宿の部屋に忍びこんだ三人の男がいた。
窓から月明かりのみが射し込む暗闇の中、男たちは互いに目配せをしながら、静かにベッドに近付くと、そのシーツのふくらみ目掛けて勢いよくナイフを突き刺した。
「きゃっ!」
「だ、誰だ?!」
思わず声を上げたせいで、ベランダにいることが気付かれてしまう。
「なんで叫ぶんだよ」
同じくベランダから様子を伺っていたジアが、呆れたように言った。
「だって、だって私、あそこに寝てたかも知れないんですよ。想像しちゃうじゃないですか」
ジアは、身震いを抑えて縮こまる私を一瞥してから
「まぁでも、あいつらの目的はわかった」
と言って、前に向き直った。
「リーシェを殺しに来たんだな」
「外にいる女がエリチェラーダだッ!」
ジアの不穏な発言は、男の怒号にかき消される。
ナイフを手にした男たちの視線が、一斉に私へ集まった。
彼らがこちらににじり寄るのを見て、私もやにわに魔術を組む。
そんな私の頭の上に、ジアがぽんっと手を置いた。
思いがけず優しい、その大きな手に、つい集中が途切れる。折角組んでいた魔術の構成も立ち消えた。
ジアはそのまま、平気な顔をして、部屋の中へと入っていく。
この緊迫した空気を物ともせず進むものだから、ジアと男たちの距離はみるみると縮まる。
焦れた男の内の一人が、
「邪魔だ!どけっ!!!」
とジアに切りかかった。
ジアはそれを前蹴りであしらう。
間髪入れず別の男が襲いかかってくるも、片手で押し留め、がら空きの胴体に膝蹴りを入れる。
そして、地面に落ちたナイフを拾い上げると、動きあぐねた最後の一人の足に向かって投げつけた。
「ぎゃあ!」
男たちのうめき声が響く中、ジアはこちらに振り返って一言、
「こいつら、めっちゃ弱い」
と言った。
その後、宿の主人を探しに行ったのだが、どこにも見当たらず。夜中は家にでも帰っているのだろう。
仕方が無いので、男たちはベッドの足に縛りつけ、朝を待つことにした。
「それで、なんでリーシェを襲ったんだ?」
ジアはしゃがみこんで、項垂れる男たちの顔を覗き込んだ。
男たちは、憔悴した表情を浮かべつつも、口をつぐむ。
ジアが、今にも手を出しそうな雰囲気だったので
「彼らはオリジネーターですよ」
と代弁した。
「オリジネーター?」
「エメラルダの信奉者です」
私は「それ、つけてるんで」と言いながら、男たちが揃って身につけている銀の首飾りを指差す。
ペンダントヘッドはエメラルダの勺杖を模したものだ。
修道院で暮らしていたときは私も、肌身離さず身につけていた。
「…そのオリジネーターがなんで?」
「わかりません。わかりませんけど…今の最高指導者は、エメラルダの子孫である『魔法使い』です」
「魔法使いって」
「今、バルマにいらっしゃる方だと思いますよ」
彼らがもし、魔法使いの指示で私を襲ったのだとしたら、儀式に私の命が必要だというのは私を殺すための口実なのかもしれない。
しかし、なぜ私を殺さなければならないのか。
魔法使いが本当に一人しか残っていないのであれば、その一人に何かあったときの『代わり』は私しかいないはずである。
それが嫌で、唯一の存在になりたいということだろうか。
しかし、オリジネーターの最高指導者たる人物が、社会的立場の無い私の存在を疎むというのも変な話である。
虚空を見ながら考え込む私に、
「とりあえず部屋戻るぞ」
とジアが声をかけた。
「部屋?戻る?」
「隣の俺の部屋。夜明けまでまだ3、4時間あるだろ。明日は馬で移動するから、少しでも寝ておいた方がいい」
「えっ。だ、大丈夫です」
一気に顔が火照るのを感じる。
「この部屋で繋がれた男三人と寝る?いい趣味してんな」
「ち、ちち違います!目も冴えちゃいましたし、寝ずに起きてますから」
「この部屋で?」
この部屋で?
私を殺そうとした男たち三人が縛られているのを眺めながら夜を明かす?
わかっている。
シチュエーションとしておかしい。
でもだからといってジアの部屋に行くっていうのはどうなのか。
黙る私の表情に、悔しさが滲んだ。
それを見たジアが、にやりと笑って
「変に意識しちゃって」
と言う。
間違いなくこの瞬間、私はジアのことを、世界で一番嫌いになった。
結局ベッドは固辞し、椅子を並べて休むことにした。
三つ並べた椅子の座面に、身体を丸めて寝転がる。
明日の今頃、私はすでに、あの人が残した情報を知っている。
しかしそれが、今のこの状況を打破するものであるとは思えない。
つまり、おそらく多分、私はもうすぐ死ぬのだ。
それについて、ジアはどう思っているのだろうか。
お互い、寝ているのか起きているのかわからない沈黙の中で、私たちは静かに朝を迎えた。




