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再会

ここから目的のマイトブルムまで、まずは馬車で半日かけて、ハインネの町に行くそうだ。


そこで、宿の程近くに停まっていた、二人乗りの辻馬車に乗り込んだ。安価だが、中は狭い。

ジアと接触した状態がずっと続くのも嫌なので、窓際ギリギリにちょこんと座った。

椅子は固いが、乗り心地は悪くなさそうである。


街を出てしばらくすると、景色はあたり一面、草原となった。

黄色い草がサラサラと音を立てて揺れる。

はっきりとは覚えていないが、懐かしい風景である気がした。


外を眺めるジアに、


「ハインネで一泊しますか?」


と尋ねた。


「一泊して、次の日、マイトブルムに日帰りで行く。マイトブルムは街じゃないんだろ」

「じゃあ私、ハインネで行きたいところがあるんです」

「行きたいところ?どこ?」

「第『三』エメラルダ修道院です」


そう言いながら、私はピンと三本の指を立てた。


そこは、私のいた第二エメラルダ修道院と同じく、始まりの魔法使いエメラルダを信奉する修道院である。戦争が終わるまで、第三エメラルダ修道院には国宝『方位の針』があったはずだ。

行けば、国宝が傷んでいる理由がわかるかもしれない。


そしてそこには、


「知り合いがいるんですよ」


センナがいる。

センナを『知り合い』と呼ぶむずがゆさに、私はふふっと笑みをこぼした。







ハインネに着き、宿を押さえて早々に、我々は第三エメラルダ修道院へ向かった。


修道院に名を冠するエメラルダとは、こちら側に始めて『魔法』をもたらしたとされる歴史上の人物である。国宝による儀式も、彼女が始めたものだそうだ。

そんな魔女、エメラルダを信奉する者たちは、オリジネーターと呼ばれる。儀式が執り行われる場所マイトブルムはオリジネーターたちの聖地であり、最寄りの街ハインネにはオリジネーターたちが数多く暮らすと聞く。


そのため集まる寄付金なども桁違いなのだろうが、第三エメラルダ修道院の造りの豪華さと言ったら。


「第二とえらい違いだな」


ジアがぽつりと呟いた。


「ま、まぁ、第二は信者さんの集まる修道院じゃないので」


なんとなく惨めな気持ちを振り切って、無駄に大きな門をくぐる。

そして、入口の重い扉を押し開いた。


そこは、一般人の立ち入りが許された、礼拝堂であった。

入り口を入ってすぐにホールがあるというのは、第二修道院と同じ間取りである。

しかし、たくさんのステンドグラスに囲まれた高い天井は壮観だ。

その窓から射し込む光は真っ直ぐと、中央に佇むエメラルダの彫像を照らしていた。

『奇跡の瞬間』と題されたその双眸には、丸いエメラルドが二つ輝く。


演出された神々しさに目を奪われつつ、傍らに立つ修道女に声をかける。

修道女の服装は、どこも変わらないようだ。見慣れた黒のローブを身に纏った彼女に、センナへの取次ぎを願った。

少ししてから、応接室へと通される。

宿に戻ると言うジアと別れ、一人で待つことしばらく。

応接室の扉が叩かれ、そこへ見知った女性が現れた。


「センナ、久しぶり」


立ち上がって声をかける。


「リーチェ…?」


センナは、その切れ長の目を丸くして、「ほんとに…リーチェなのね」と私をじっと見つめた。


センナは、私と同じく、第二修道院で共同生活をする修道女であった。

修道女たちの中でも年上で、信心深く、真面目。そんな彼女を実の姉のように慕う者は多く、私もその一人だ。

そのセンナに、第三エメラルダ修道院の院長補佐として白羽の矢が立ったのは、三年ほど前のことだった。


「どうしてハインネに?」


センナに促され、応接室のソファに再び腰を落とす。


「あ、いや、色々あって、第二修道院を出まして…。それで折角だから、聖地マイトブルムを巡礼しておこうかなぁと」


笑顔を作り、明るく振舞うも、姉妹の如く育ったセンナに誤魔化しは通用しないだろう。よもや、ただの旅行だとは思われていないはずだ。

案の定、センナの眉間にシワが寄ったので、「他の修道院も見てみたかったし…」などと言いながら、なんとかその場を取り繕った。


そこから世間話を続ける中で、


「院長補佐はどう?大変?」


と尋ねた。

センナは少し痩せただろうか。

ほっそりした顎先に、自然と目が行った。


「まぁまぁね。戦争が終わってから、教会に入ってくるお金の流れが変わったのよね。それでちょっとバタついてるかな」

「もらえるお金、減ったの?」

「多少は。でも、禁止も弾圧もされてない。御の字だわ」


センナはそう言いながら伏目がちに肩をすくめて見せると、一呼吸置いて


「バルマのライダム王は、クーデター後のバルマを立て直した人でしょ。だから、政治周り、上手いのかもしれないわね。ザルツァの中央貴族とも宜しくやっているそうよ」


と続けた。


クーデターで王族断滅のバルマを、当時の王妃の遠縁であったライダムが立て直したというのは有名な話である。

今回の戦争でも、王都周辺などの一部を除き、ザルツァ市街に被害はほとんど無いと聞く。

現に、トーカデだってハインネだって、戦争の痕跡はほとんど見当たらなかった。

住む場所と宗教を奪われていないのだから、ザルツァの国民の反発も大きくはない。そのあたりの差配が、ライダム王を賢王と呼ぶ所以なのだろう。


でも、だからこそ気になることがある。


「方位の針って…なにかあったの?ボロボロだって聞いたんだけど、戦争の被害にあったって訳じゃないよね」


私の問いに、センナは目を逸らすことなく


「…ボロボロ?バルマの兵士に、雑に扱われたのかしら」


と答えた。


たしかに、バルマの兵士が移送中に壊してしまったという可能性はある。

第二修道院から持ち出された国宝に対する扱いも、決して丁寧なものではなかった。

しかし、国宝奪取は今回の戦争の目当てであるはずだ。

それを自ら壊してしまうような兵士がいるのだろうか。


「前回の儀式…、二年位前だっけ。あのときは壊れてなかったんだよね?」

「ええ」

「前回さ、今思えばちょっと変なタイミングだったよね。前々回から十年も経ってないときだったから、早すぎたと思わない?」

「まぁ…多少は早かったかもしれないけれど…。でも、儀式の周期は決まってないからね。前回はたまたま十年足らずで、大陸に魔物が増えたんでしょう」


センナがテーブルのお茶に手を付ける。

センナの言う通り、儀式の周期は決まっていない。

しかし、バルマの魔物は、丁度儀式の後、二年前から急増したのだ。


「…前回の儀式ってさ、誰がやったの?」


儀式を行う魔法使いは、儀式の前日、この第三エメラルダ修道院に泊まる。

その際、魔法使い一行の世話をするのは第三修道院の修道女たちであり、訪れる魔法使いに合わせて、何ヶ月も前から準備をするのだそうだ。

だから、前回儀式でどの魔法使いが来ていたのか、センナが知らないはずはない。

しかしセンナは、頬に手をやると、私のことを真っ直ぐ見つめながら


「あれ…?誰だったかしら」


と眉根を潜めた。

忘れたというのも無理があるだろう。

そう思いながらも、「そっか、ニ年前だもんね」と言って、私は笑顔を作った。


「あ、ねぇ。覚えてる?ミケのこと」


そこから再び、取り留めのない話が続いた。

センナに懐いていた三毛猫が子どもを産んだ話や、還俗したクララの話、センナがやっとの思いで直した井戸がまた壊れてスイカが冷やせなくなった話。

聞いてほしいことはいっぱいある。

生き急いで話す私に、センナは笑ったり、呆れたり。

時間が過ぎるのはあっという間であった。




二杯目のお茶を飲み終えたとき、教会の鐘が夕方を告げた。

突然の訪問で長居したことを謝り、立ち上がる。


「今日はハインネで一泊するの?」

「うん。明日の朝、日帰りでマイトブルムまで行く予定」


センナは、曖昧な笑顔で「そう…」と相槌を打った。




センナに見送られて修道院を出ると、門のそばに立っているジアを見つけた。


「あれ?迎えに来てくれたんですか?」

「遅ぇよ。逃げ出してないか見に来ただけ」


そう憎まれ口を叩いてから


「この街、なんか胡散臭いから早く帰るぞ」


と言って、ジアは歩き出した。

「胡散臭い?」と聞き返しながら、私もジアの隣に並ぶ。


「楽しかったか?」


どう胡散臭いのかは教えてもらえないらしい。

それについては諦めて、


「楽しかったですよ」


と返事をしてから、


「ちっとも、変わってませんでした」


と付け足した。

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