飲酒
ジアが、私をまじまじと見ながら
「見事に、酔ったな」
と言う。
「へ?だいじょうぶですか?いつももっと飲んでるじゃないですか〜」
ザルツァのお酒は、バルマよりも強いのかもしれない。
ジアの顔をじっと観察するも、およそ酔っているようには見えなかった。
普通に格好いいだけである。
でもまぁ、そんなことどうでもいい。私は今、なんだかとても楽しいのだ!
私がお酒に手を伸ばすと、
「あ〜」
ジアにグラスを横取りされ、そして残っていたお酒も飲み干されてしまった。
酔ったんじゃなかったのか。
私は「むぅ」と口を尖らせた。
ジアが、ウェイターを呼び寄せ、水を注文する。
そして机に頬杖をつくと
「なぁ」
と言った。
「なんですか、私はお水、飲みませんよ」
「いや、飲めよ」
ジアは鋭い突っ込みから一呼吸置くと
「リーシェの母親は、何をしたんだ?」
と続けた。
私の母親か。
もう別に隠すことは何も無いのだが、
「私も、よく知らないんですよねぇ。火あぶりだったので、クーデターとか、王族殺しとか、そんなんだと思ってるんですけど」
知らないのだから応えようが無い。
ジアの端麗な顔が曇ってしまったので、「あ、でも、全然なんとも思ってないんですよ〜」とヒラヒラ手を振ってみせる。
「もう、物心ついたときから、いずれ火刑になることは決まっていたので。だから、悲しませないようにですかね?母親っぽいことしてもらった記憶ほとんど無いです。魔法と魔術を教わって、あとは難しい本を読んでもらったくらい」
母親から愛されていなかったのかもしれないが、どうということは無い。
修道院には、他にも色んな子どもがいたものだ。
「母親が、逆世界から来たっていうのは?」
耳触りの良いジアの声。
「それもよく知らなくて」と言いながら、私はへらりと笑った。
「逆世界の人って、魔術の代わりに、魔法が使えるみたいですね。それであの人、自分の魔法で、こっちまで来ちゃったっぽいんですけど。でももう、私が覚えている頃にはあの人、魔法が使えなくなっていたので。本当のことはわかりませんね〜」
余計なことを喋っているかもしれない。
しかし、今まで黙っていたことを話すのは、気分が良かった。
そういえば、ジアの両親はどんな人たちなのだろうか。
ふんわりと気になるものの、それを聞くには、私の瞼が重すぎた。
「私、そろそろ、お部屋、戻るますね」
そう言って私は、水を一口飲んでから、立ち上がった。
そして、立ちくらみのような目眩によって、意識を手放した。
頬に、馴染みのない布の感触を覚えて、目を覚ました。
洗われたスーツの匂いで、ここが宿だということを思い出す。
姿勢の悪さに、反対側へ寝返りを打った。
すると何かにぶつかる。
「ん〜?」
身を捩って、なんとか反対側へと向き直ると、そこにあったのは壁ではなく
「っ?!」
上半身裸の、男性。
思わず叫びそうになった私の口を、ジアが片手で塞ぐ。
「おはよ」
「な、な、な、なんで」
「なんで同じベットで寝ているんですか」と言いたいのに、口がパクパクと開くだけで、上手く言葉が出てこない。
ジアは、そんな私の様子を愉しげに見ながら、のうのうと理由を語った。
「そっちの部屋の鍵が見つからなかったのと」
「パ、パンツのポケットに入ってますけど、真っ先にそこ探しませんかね?!」
「あまりに綺麗に卒倒したから普通に心配だったのと」
それについては申し開きの仕様が無い。
「あと、品の無さそうな客が多くて、酔った女一人で寝かせるのが心配だったからかな」
「…」
お礼だけは言うものかと、私は口を固く閉じた。
「頭痛は?」
「無いですけど、昨日の最後の方、よく覚えてません」
実際は最後の方どころか、キッシュを食べたあたりからの記憶が無い。
お酒とはかくも恐ろしいものなのか。
ベットから降り、椅子にかけたシャツを羽織るジアに
「私、昨日、なんか変なこと、言ってました…?」
とおずおず尋ねる。
ジアは「変なことねぇ」と虚空に視線を逸らしてから、
「さぁ」
と満面の笑みを見せた。




