逃走
牢屋から出ると、見張りらしき兵士二人が倒れていた。
「この人たちって…」
「鍛えてないのが悪い」
やはり私が出れたのは、ジアの独断であるらしい。
それならばこっそりするべきなのだろう。
しかしジアは大して周りを気にすることもなく、廊下をどんどんと歩いてゆく。
それを私は、小走りで追いかけた。
あたりは夕方のようだ。
「どうやってマイトブルムへ?」
「ここの転送ポートを使う」
私が連れてこられたときに乗ったやつか。それなら少なくとも、ザルツァまでは一瞬だろう。
しかし、
「転送ポートを使うと、私たちの行った先がわかってしまうのでは?」
「あぁ、それなら大丈夫」
ジアは、薄暗く微笑み、
「俺の忠実な下僕が、転送後のポートをいじってくれるんだと」
と続けた。
「忠実な…下僕…」
少なくとも第三兵団の中には、忠実な下僕らしき人物がいたように思えないが。でもまぁ、そういう物好きもどこかにいるのだろう。
心の中で、見ず知らずの協力者に感謝した。
廊下を渡りきって、突き当りの階段を降りると、そこは見覚えのある転送ポートの部屋であった。
「入って」と言われるがまま、私は魔法陣の中に足を踏み入れる。
ジアは、部屋の隅に置かれていた荷物を肩にかけてから、同じく魔法陣の内側に入ってきた。
そして、地面の金属棒の一つを蹴って動かすと
「眩しいから、目、閉じとけ」
と言った。
私は慌てて目を閉じる。
その後すぐ、瞼越しに閃光を感じた。
周囲の空気が切り替わる。屋外に転送されたらしい。
私は、ゆっくりと目を開いた。
「ここは…?」
「マイトブルムに一番近い転送先だ。トーカデっていう街の外れ」
初めて聞く地名である。
そう大きくない都市なのだろう。
「もう夜だから、今日はトーカデで一泊する。いいか?」
「はい、わかりました」
転送ポートから移動し、街中へ向かう。
思った通りの小さい街だが、中心地のあたりはなかなかの賑わいであった。夜にも関わらず、明かりのついた店がちらほらあって、そこそこの人通りもある。
バルマとは少し異なる建物の雰囲気が懐かしい。
そんな中から、メイン通りに立つ、大きめの宿を訪ねた。
「今晩、部屋空いてる?」
ジアが、カウンターの男性に声をかけた。
男性は、手元の帳簿をめくりながら
「空いてるよ。運がいい。一部屋でいいか?」
と言った。
私が慌てて
「ふ、二部屋で」
と訂正する。
「新婚旅行なのに?」と茶化すジアを無視して、二部屋分の鍵を受け取った。
客室は全て2階だそうだ。
「とりあえずシャワー浴びてきてもいいですか?」
「あぁ。じゃあ、これ」
ジアから軽い荷物を受け取る。
「なんですか?これ」
「着替え。たたんで置いてあっただろ」
「えっ。ありがとうございます」
意外な気遣いに驚いた。
畳んでおいてあったということは、翌日のアルバイト用に準備しておいた服だろう。大きめのシャツと、厚手のパンツだ。
「終わったら下の食堂で。晩飯食おうぜ」
「わかりました」
そう言われて、急に空腹であることを自覚した。
先ほどから、なんとなく美味しい匂いもしている。併設された食堂から流れてきたものだろう。
私は、急に音を上げそうになるお腹を叱りつけ、自分の部屋へと急いだ。
晩御飯の時間は過ぎた頃だが、食堂には少なくない客がいた。
ダラダラと酒を飲んでいるような人たちで、あまり良い雰囲気では無い。
そこからジアを見つけて、同じテーブルの向かい側に座った。
「何飲んでるんですか?」
「酒」
「いや、なんのお酒かっていう…まぁいいや」
テーブルにはすでに、野菜のピクルスとフライドポテト、チキンステーキがサーブされている。
「頼んだのこれだけなんで、他になんでもどうぞ」
と言って、ジアがメニューを寄越した。
「私もお酒、飲んでいいですか?」
「別にいいだろ。こっちの国じゃダメなのか?」
私はにこりと笑って
「知りません!」
と言った。
バルマでは十六歳の飲酒は合法だったが、二エルさんが何かと口煩く、ほとんど飲んでいない。だから、一度好きに飲んでみたかったのだ。
ザルツァで飲酒が認められるのは十八歳からだが、この食堂の雰囲気からして、咎められることはないだろう。
私は意気揚々と、林檎のお酒とキッシュを注文した。




