表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/22

拘束

「どうして逃げなかった?」


格子越しで見るジアは、なんとも表情の読み取れない顔をしていた。


アパートから連れ出された私はどうやら、王城地下の牢屋に入れられたようだ。

薄汚れた地面を避け、固いベッドの上で膝を抱えた。

二エルさんはバイトに来ない私を心配しているだろう。一言言っておけば良かった。

申し訳ない気持ちで、胸が詰まる。

光の射し込まない空間で、一日とも二日とも思える時間を過ごしていると、そこにジアがふらっとやって来た。


「どうして逃げないも何もないですよ」


乾いた喉に声が引っかかる。

唾液を飲み込み、


「私、悪いことしてないですもん」


と続けた。


「ザルツァの国宝の儀式を成功させるには、お前の命を捧げる必要があるそうだ」


つまりは死ねということだろう。

小さい頃から、覚悟はできていた。

それなのにいざ身に迫ると、驚くほど怖い。


「…初耳ですけど。偽物なんじゃないですか?その魔法使い」


私の言葉に混じった動揺を、失笑で誤魔化す。

そもそも、儀式が失敗したなどとは聞いたことがない。バルマはどこかのペテン師に騙されているのではないか。


「…その儀式、私にやらせてもらえないんですかね。私も魔法使えるんですけど」

「知ってる。ザルツァ滅亡を目論んだ、逆世界の魔女の弟子なんだろ?」

「弟子じゃないです、娘です」


それは、小さい頃から何度も言われ、そして受け入れてきた自身のレッテルであった。

それでも、ジアから言われると、なぜかこたえる。


「一回くらい、私に触らせてくれないですかね。無理かなぁ」

「…国宝の一部が、随分と傷んでる。あと一回の儀式にも耐えられるかどうかといった状態らしい。試しにっていうのは難しいだろうな」

「傷んでる?」

「あぁ、槍と輪っかみたいやつが」


槍と輪ということは、「方位の針」と「調律の円」のことだろう。

しかし、傷んでいるなどという話は聞いたことがない。教会に安置されているものが、戦争の被害にあうのだろうか。

私の中でまた一つ、違和感が積み上がる。

そのむず痒さに耐えかね、私は小さく口を開いた。


「あの」


冷たい牢屋に震えた声が響く。


「マイトブルムに、行きたいです」

「マイトブルム?」

「私の故郷です。ザルツァの東の果て」

「…何をしに?里帰りか?」


首をふる。


「私は、母から魔法を学びました。でも、一つだけ、教えていないことがあると。それをマイトブルムの家に隠したと聞いていて、死ぬ前に、知りたいです」


バルマに来てからというもの、儀式の周期も、魔法使いの数も、国宝の状態も、全てが合わない。

それが、私の教わっていない何かのせいなのだとしたら、それを知って、せめて自分の中での辻褄を合わせてから死にたいと思う。


それと、


「ずっと気になってたんです。あの人が、なんでそんなに面倒くさいことしたのか。修道院から出られなかった私が、マイトブルムに戻れる訳もないですし、バカなんじゃないかなと思うんですけど」


あとはただの興味であった。

あの人が私に一体、何を残してくれたのか。


叶わぬ願いを口にした恥ずかしさについ饒舌になるが、ジアが喋らないのだから仕方がない。

「でもまぁ、この状況じゃ無理ですよね」と独り言のように呟いたとき、


「あ」


ふと思い出した。


「私がイーリヤに勝ったら、なんでも一つ、言うこと聞いてくれるんじゃなかったでしたっけ」


たしか、そんなことを言われた気がする。

ジアは酒を飲んでいた気もするが、まぁいいだろう。

私は、この場所に似つかわぬ明るい声で


「そのお願いっていうことで、私をマイトブルムに連れて行ってくれませんか?」


と続けた。

無表情のジアに怯んだので、「新婚旅行ですね、アハハ…」と慌てて付け足し、笑顔を作る。

さすがの独語も気まずくなり、やや視線を外して、ジアの適当な相槌を待っていると


「わかった」


思いがけない言葉が聞こえた。


え?


こちらがまだキョトンとしている内に、ジアはさっさと牢屋を後にする。

「あっ、待って」と言いながら、慌てて窓に駆け寄った。

しかし、格子越しの限られた視界では、もうジアの姿を追うことは出来ない。


「行っちゃった…」


思わず、溜息がこぼれる。

わかったとか言ってくれなくていいから、その代わりにもう少しだけ、話をしていたかった。これでは、私に死ぬぞと言いに来ただけである。


「なんだよ、も〜…」


再び訪れた一人きりの時間。

固いベッドに私は、こてんと倒れ込んだ。







そのまま寝てしまったのだろう。

だれかが壁を叩く音で目を覚ます。

ぼんやりとした視界が、見知った姿を捉えた。


「わたし、さっき、もうちょっとお話ししたかったです」


寝ぼけていたのか、こんな状況で取り繕うのが馬鹿らしくなったのか。いずれにせよ、ジアの顔を見た私の口から、驚くほど素直な言葉が飛び出した。

ジアが面食らったような顔をしたので、やっと恥ずかしくなる。

「あ、いや…」と言いながら、誤魔化す言葉を探そうとしたとき、ふと気付いた。


「な、なんで牢屋の中に入ってきてるんですか?」

「ノックはした」

「違う、違います。そういうプライバシー的な話をしてるんじゃないです」

「行きたいんだろ、マイトブルム。連れてってやるよ」

「え?」


思わぬ提案に、目が丸くなる。


「ただし、バルマには絶対帰ってくる。逃げんなよ」


そう言ってジアは、私に手を差し出した。

何のためにそんなことをしてくれるのか。それを聞いてしまうと、この夢が覚めてしまう気がした。

私は「どうして」という言葉を飲み込んで、ジアの表情をちらりと伺う。

私と目が合ったジアは、柔和に目を細めた。

不覚にもドキリとする。


「それ、弱った女の子に見せていい顔じゃないですよ…」


この人、自分の顔がどれだけ格好いいかわかってやってるんだろうか。

私はふいっと目を逸らして、そしてジアの手を取った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ